(短文)夏の匂い
雨あがりの匂いがする。
少ししなびた紫陽花といつの間にか色が深くなった青葉たち。風と鳥と車の音。
ほとんど雲の無い青い空の向こうから降る光が、アスファルトの水たまりを少しづつ縮めていく。
スマニューが二時間おきに送ってくる通知が知らせた梅雨入りはつい昨日。
あまりに遅すぎる梅雨入りの初日はバケツいっぱいの水をひっくり返したような土砂降りの雨で、傘を差してなお膝から下を水滴が叩きつけた。
夏本番かと見紛うほどに暑い日々を送った私たちにとっては恵みの雨。今月から許された半袖シャツを着たことを後悔するほどに下がった気温に、やっと梅雨が来たって喜んでた。
それなのに今日は午前中だけ。せっかく来てくれた雨はもうどこかに帰っちゃって、嫌になるくらい暑苦しい太陽がこの街を照らしつけている。
朝学校に来るまででずぶ濡れになっちゃってカバンに入れることもできない折り畳み傘を、右手に持って歩く炎天下。こんな雨だから良いだろうと水筒を置いてきた何時間か前の私を叱りたい。
朝起きて一時間弱で支度しないといけない私に、天気予報を確認する余裕なんてなくて、LINEかインスタで私の時間は吸収されていく。
大好きと大嫌いとが交錯する季節、それが夏。
こんな時に迫る期末試験が恨めしくって、暑さにうだった倦怠感。朝起きてベタつく肌をシャワーで流して、またそのせいでかく汗をタオルで拭いきれない季節。メイクしていっても汗のせいで崩れ落ちていく。
期末試験が終わったら夏休みの芳香を前に全く耳に入らない授業を半月くらい受けてまる一ヶ月以上の自由な日々。
今年もまたママとパパに海水浴に連れ出されるのかな。下り坂の向こうに見える海は波が強すぎて流石に海水浴には適さないけど。
どこまでも広がって行く碧い水平。寄せる白波と宝石箱をぶちまけたようにきらきら光る水面。朝の江ノ電の窓から見えた景色は無彩色の中に沈んでいたのに、今じゃそこらじゅうで光が跳ねてるみたい。
この茹だるような暑ささえ無かったら、夏ってなんて素敵な季節なんだろうって思えるのに。透明の向こうに吸い込まれるような空、地球の裏側まで続いていく海、その間で燦々と踊る陽光。暑ささえなければこんな綺麗な季節は無い他にはずなのに。
もう聞き飽きた踏切の音。駅のホームの目の前の国道はいつだって渋滞している。その向こうの海岸に寄せては返す波は春夏秋冬で違う顔を見せる。
海に向かって手をかざす。指の隙間から覗く光たち。その一筋一筋が世界の息吹を私の網膜に投げかける。
きらきらの海、無用になった傘を振り回す同級生、ベタついたスマホの画面、額に貼りついた汗、視界を塞いだ電車。
開いた扉のその奥に、もう一度夏の色があった。
下らない世界と、下らない私。 智槻杏瑠 @Tomotsukiaru
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