第105話 海辺の休暇(2)

「ふう。大分遊んだかな」


 俺は魔法で作った浮き輪に乗り、身体の力を抜いてぷかぷかと浮かんでいた。紅く染まっている夕日が眩しく光ると同時に、今日の終わりをゆっくりと注げていた。俺はそんな夕日を眺めながら、先ほどまでの出来事を一つ一つ思い返していった。


 海に入って少し泳いでいると、アンナが急に近づいて生きた。


「ねぇ、ちょっと競争してみない?」

「いいけど、別に遅くないからね?」


 アンナから仕掛けてきた勝負、受けないわけにいかない。


「それじゃあ、ここまで先に来た方が勝ちってことで」


 師匠が離れたところから教えてくれる。そんな師匠は水面に立っていて……え?どうやって立ってるの?絶妙に自分に飛行魔法をかけてるのかな?


「開始の合図はあたしに任せて」


 にぎやかになってるのを聞きつけたのか、ルリアーナがスタートの合図を出してくれることになった。状況は揃った。両者が準備を終え、ルリアーナに合図を出す。


「それじゃあ行くよー。スタート!」


 ルリアーナの合図で両者ともに泳ぎだす。前世では一応ある程度は泳げていた。この世界に来ても、それは変わらないはずだ。それにアンナは内陸の国にいたんだ。泳ぐのだったそこまで早くないはず……。

 そう思って横を見ると、そこにアンナの姿はもうなかった。


「ゴール!」

「え?」


 俺はまだあと二十メートルほど師匠から離れているのに、もうゴールしたの?速くない?


「アンナ泳ぐの速くない?」

「まあ、小さい頃川によく入ってたからね」


 そんな経験があったんだ。にしても速すぎない?そんな感想を抱きつつ、それからも何回か競争した。組み合わせを変えてやってみたりもしたけど、結局アンナが一番速かった。

 ちなみに、ルリアーナはあんまり泳ぐのが得意じゃないらしい。


「もう一回だけ、もう一回だけ!」


 唯一アンナと拮抗していたのは意外にも師匠だった。何回やっても僅差で負けている。結果、師匠の負けず嫌いが発動し、アンナは何回も付き合わされている。


「もう十分じゃない?」

「じゃあ、種目を変えないかしら。次はどっちが長く泳げるかで!」


 それって決着がつかないのでは……?

 師匠に引っ張られていくアンナを軽く見送りながら、俺は砂浜にいるルリアーナの方へと向かった。


「何してるの?」

「今、冒険者ギルドを作っているんだ」

「へぇ~……ってすごっ」


 ルリアーナの目の前には砂で精巧につくられた冒険者ギルドが建てられていた。窓やドアの装飾まで凝っていて、冒険者ギルドの象徴である、あのロゴでさえ砂だけで再現していた。なんでそんなに精巧に作れるんだろうと観察していると、形を作る際に少しだけマナを混ぜ込んでいるらしい。それで形が崩れないようにしてるのか。

 

「よし、完成」


 やがて作り終えたのか、額に浮かぶ汗を拭ってルリアーナが立ち上がった。完成した冒険者ギルドは、人一人分ほどの高さがあり、大迫力の作品となっていた。流石に内装までは作れていなかったが、小人がいるなら中に入って生活できそうなものだった。

 そんな作品に感動していると、ルリアーナの方からぐ~とお腹の音が聞こえてきた。


「えへへ、お腹が空いてきたよね」

「ここに来てからずっと遊んでるもんね」


 空を見上げると、来た頃はまだ斜めにあった太陽が今は真上へと来ていた。体感的にも、もう昼頃だと思う。


「きゃああ!」


 お昼は何にしようかと考えていると、海の方から叫び声が聞こえてきた。驚いてそちらの方を見ると、そこには海から生えている触手に掴まれたアンナと師匠が居た。急いで助けないと……と思って助ける必要はないと判断して彼女たちを見ていた。

 触手に絡まれ、空中にいた師匠は即座に風の刃を出現させ、触手の途中部分を大胆にも斬り裂いた。力を失った触手は重力によって落下、それと一緒に落ちていく師匠は飛行魔法を発動させ、海面に華麗に着地。そのまま、一緒に掴まれたアンナも助け、何事も無かったかのようにこっちに跳んできた。


「気づかないうちに沖の方に出すぎちゃったみたい」


 先手を取られたとはいえ、俺の師匠なのだ。あの程度の魔物に苦戦するはずがなかったのだ。とはいえ……。


「一旦その粘液を落として来たらどう?」


 触手に絡まれた師匠とアンナは体中がその粘液によってテラテラしてた。見ていると若干眩しい。


「確かにちょっと気持ち悪い……。師匠、シャワーまで案内して」


 アンナも自分の身体を触り、気持ち悪いことを確認したのか、師匠と一緒に別荘の中にあるシャワーを浴びに行った。

 

「それで、お昼ご飯はどうするの?」


 どうしようかぁ、お昼ご飯。今のところあんまり食べたいものってないんだよなぁ。


「特に食べたいものがないなら、バーベキューにしましょう」


 いつの間にかシャワーを浴びて帰ってきた師匠がそんなことを言い始めた。


「バーベキューって言ったって、食材とか道具とかは?」

「道具は全部持ってるし、食材に関してはほら」


 そう言って師匠は周りを見渡す。もしかしなくても、現地調達っていうんじゃないだろうか。


「海鮮が食べたければ海に潜ればいいし、肉が食べたければ森に入ればいい。たまには、こういうのだっていいんじゃない?」

「何それすっごく面白そう!」

「私はちょっと休憩。ずっと動いてて疲れたし」

 

 眼を輝かせて賛同したルリアーナとは対照的に、師匠について帰ってきたアンナは一息つきながら砂浜に座った。あれからずっと師匠と泳いでたわけだし、疲れてるのも当然か。てか、疲れてない師匠の方が異常なんだよね。


「それじゃあ、食材調達はあたしとカルラ、そして師匠の三人だね」

「アンナ、何か食べたいものはある?」

「ん~……美味しい肉」


 それじゃあ、美味しい肉を取りに行きますかね。

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