第102話 シルフィ

 翌日、俺たちは治療院に来ていた。助けた少女の様子を見るためだ。


「あ、カルラさん達、こんにちは」


 少女がいると教えてもらった部屋に行くとすでに一人女性がいた。着てる服からして、ギルド職員の方なのだろうか。

 

「ちょうど今からこの子に話を聞くところだったんですよ。みなさんはどうしてこちらに?」

「私たちはその子の様子を見に来たんだよ。話も聞きたかったしね」


 どうやら、目的は一緒だったらしい。


「それならちょうどよかった。それじゃあ、色々聞いていくけど、大丈夫かな」


 ギルド職員の女性は、メモ帳を開きながらベットに座っている少女に聞いた。その少女はコクリと小さく頷いた。助けた時は必死で気が付かなかったが、この少女は綺麗な長い銀髪だ。彼女が頭を動かすたび、綺麗な長い銀髪が揺れる。よく見れば、服の隙間から覗いている肌もきれいだ。昨日あの後お風呂に入ったのだろうか。


「とりあえず、名前を教えてくれるかな」

「……シルフィ」

「シルフィちゃん……ね。それじゃあ、覚えているだけでいいから何があったのか話してもらえるかな?」


 シルフィと名乗った少女はコクリと小さく頷くとゆっくり話し始めた。


「昔は、パパとママと一緒に暮らしていました」


 その言葉から始まったシルフィの物語は凄惨なものだった。

 当時、両親と共に暮らしていたシルフィは五歳になったばかりで、とても幸せな生活を送っていた。村にいる人は優しく、毎日のように友達と一緒に遊んでいた。


「そんな日々がずっと続くんだと思ってました。けど、それは突然起こったんです」


 ある日の夜、寝ていたシルフィは大きな物音で目を覚ました。いつになく騒がしい様子に違和感を覚えたシルフィーは両親のいる部屋へと向かった。しかし、両親はいなかった。とりあえず両親を探すことにしたシルフィは家中を歩き回った。その間にも外はどんどん騒がしくなっていく。

 やがて家の中に両親がいないことに気が付くと、シルフィは外に出た。そこで彼女が見たものは、到底筆舌しがたいものだった。

 そこら中にあった家が燃え、地面には血の海ができていた。それが、村の人たちのものだと理解するのに、そう時間はかからなかった。シルフィは泣きそうになりながらも両親を探し続けた。

 毎日声を掛けてくれるおばちゃん、友達のお母さん、美味しい野菜を育てているおじさん。その誰もが何者かに殺されていて。幸せだった日常を、思い出を血で染めていった。

 そして、シルフィは両親を見つける。母親は地面に崩れる父親を抱きしめ、父親はそれに応える抱きしめ返す。シルフィが両親のことを呼ぶと母親はこちらを向き、口を動かした。


「『逃げて』きっとママはそうやって言いたかったんだと思います」


 シルフィの母親が言葉を発する前に、何者かに殺されてしまった。両親の死、五歳の少女の心を壊すには、あまりにも十分すぎる出来事だった。泣きながら両親のもとに近づいた気がしたが、詳しいことは覚えていない。


「それからしばらくして、いつのまにか村のほかの子たちと一緒に壁が白い部屋に閉じ込められていました」


 気が付いたら部屋に閉じ込められていた。そして、本当の地獄はこれからなんだとシルフィは思い知ることになる。

 毎日のように色々な薬剤を飲ませられ、身体を切られるなどの苦しいことをさせられ続けた。日々の行為で傷付いた身体は一日の終わりには魔法で何もなかったように治される。

 その部屋に来てしばらくは、泣き叫ぶ声が響き渡っていた。しかしそれは日を追うごとに少なくなっていき、やがて聞こえなくなっていた。

 日々の行為に慣れ始めた時、一日に一人ずつ、いつもとは別の場所に連れていかれていった。連れていかれた子が返ってくることはなった。

 毎日、一人ずつ部屋からいなくなっていく。少し窮屈に思えていた部屋に余裕が生まれ、やがて広いと感じるようになったころには、自分を含めて数える程度の人数しか残っていなかった。

 いなくなっていった子がどうなったのかはわからない。けど、それが死に思えていた私は、明日は私の番じゃないのかと気が気で眠れなかった。

 一人、また一人と数が減っていき、結局私は最後まで残ってしまった。

 最後まで残った私も例芸ではなく、他の子たちと同じように別の場所へと連れていかれた。その場所は、元居た場所と同じような部屋だった。ただ一つ、中央に置かれた手術台のようなものを除けば。私は複数人の大人に運ばれ、手術台に乗せられた。待ち受けているのは死だと、私は分かっていた。けれど、ここから抵抗する気力など私には残っていなかった。


「最後に見たのは、緑色の液体が入った注射器……その後からの記憶はないです」


 そう話し終えたシルフィの頬には、涙が伝っていた。


「ごめんね、辛いことを思い出させてしまって」


 気づいたら俺は、シルフィのことをそっと抱きしめていた。目の前の女の子が泣いていたからか、はたまた、シルフィとルルを重ねてしまったのか。いずれにせよ、俺は泣いているシルフィを放っておけなかった。


「あ、れ、私、なんで泣いて」


 俺に抱きしめられたシルフィは困惑の声を上げる。そこからは、堰を切ったかのようにシルフィの感情があふれ出した。


「痛かった……怖かった!辛かった……」

 

 泣き続けるシルフィを俺はそっと抱きしめ続けた。

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