第100話 少女に執着した訳(2)

 それから数日経ったある日、あの行商人家族が今どうしているか気になった。いつものように師匠との修行を終えた俺は、女性からもらった紙をもとに、あの家族のもとへと向かった。


「ここか……」


 紙に書かれた場所へ行くと、そこは住宅街から少し離れた一軒家だった。扉をノックするとすぐに反応があった。出てきたのは、男性の方だった。男性は、俺の姿を見るや否やすぐに笑顔になり、快く家の中へ入れてくれた。

 居間に案内されて、椅子に座るよう促される。立ち話もなんだと思い、椅子に座ると、男性の奥さんがお茶を持ってきてくれた。

 俺は、一言お礼を言ってからそのお茶を一口飲み、口を開いた。


「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はカルラと言います」

「私はヨハン、こちらは妻のカタリナです。そしてあの娘が私たちの娘である、ルルです」


 ヨハンさんはそう言って自分の家族について紹介してくれた。その後、ヨハンさんは頭を下げながら言った。


「改めてお礼させてください。ありがとうございました」

「いやいや、頭を上げてくださいよ。本当に大したことしてないですからっ!」


 俺は慌ててそう言う。このままだとただお礼を聞きに来た奴だと思われてしまう。


「早速本題に入りたいんですけど……あれから変わったことはありませんでした?」


 俺が本来聞きたかったことはこれだ。あの日、山賊を退けてから何か変化はあったのだろうか。


「いえ、特には。あれからあの山賊にも会ってないですし。それに、あの一軒から護衛を雇うようにしたんですよ」


 今まではここらへんで山賊や魔物に襲われるといったことがなかったため、護衛を雇う必要はなかったらしい。それに、あの山賊についても冒険者ギルドに報告して、近々捉えられるのではないかという話らしい。


「何もなくてよかったですよ」


 実のところ、結構心配だったのだ。あの山賊が復讐にでも来るんじゃないかって。けど、それを聞いて安心した。

 その後は他愛もない雑談をヨハンさんと続けた。しばらく話していると、ふと、服の裾を引っ張られた。なんだ?と思ってみてみると、ルルが俺の服を引っ張ていたのだ。


「おねえちゃん、まほうをおしえて!」


 ルルは、俺の方を真っすぐ見つめながら、元気よくそう言った。


「ダメよ、魔法はそんな簡単に使えないんだから……。ごめんなさいね、うちの子が迷惑かけて」


 すぐにカタリナさんがルルを抱き上げて、俺から引きはがす。

 

「いえ、全然いいですよ。それに、実は魔法を使えるかもしれませんし」


 俺がそう言うと、ルルは眼を輝かせた。


「やってみたい、やってみたい!」


 本当にできるかどうかはわからないけど、試すぐらいなら大丈夫だろう。


「いいよ、試してみよう。ついでにお二人も試してみますか?」


 俺はヨハンさんとカタリナさんに問いかけてみる。すると二人も試すだけならまあ、といった感じで了承してくれた。というか、結構興味深々だった。実際使えたら便利だしね、魔法。

 とりあえず先に、二人からやってしまうか。


「ではお二人共、私の手を握ってください」


 二人は、目の前に差し出された手を恐る恐るといった感じで握ってくれる。二人がしっかり握ってくれたのを確認した後、俺は二人の身体の中にあるマナを少しずつ動かしていく。


「違和感を感じましたか?」


 二人はコクリと頷いた。


「それがマナと言われてるもので、魔法の源です。では、それを使って、あの器に水を入れてみましょう」


 俺はそう言って、机の上にあった器を指さす。


「そうですね……水をあの器の中に出すようなイメージを浮かべてください」


 そう言ってから、一分ほどたっただろうか。その器には何の変化もなかった。


「そう簡単に魔法は使えないってわけか」


 ヨハンさんがそう呟く。


「落ち込むことはないですよ、ほとんどの人が使えませんから」


 マナは皆持っているんだけどね。なんで使えないのだろうか。


「それじゃあ今度はルルちゃんのをやってみようか」


 ヨハンさんたちと同様に手をつなぎ、ルルの中にあるマナを少しずつ動かす。


「わぁ~なんかへんなかんじー!」

「その感じを覚えてね。それを使って、あの器に水を出してみようか」


 俺がそう言うと、ルルは目を閉じて集中する。それから十秒も経ってないだろうか。

 

「ええ?!」


 驚くことに、器に水が出現したのだ。しかもその量はみるみる増していき、いつの間にか、器からこぼれていた。


「楽しい~!でも疲れた!」

 

 当の本人はのんきにそんなことを言っているけど。ちなみにヨハンさんたちはさっきから一言もしゃべれてない。というか、ずっと口をぽかんと開けている。開いた口が塞がらないってこんな感じなんだろうな。


「おねえちゃん、もっと教えてよ!」


 ルルは目を輝かせて俺に縋ってくる。


「カルラさんもそんな暇じゃないから……」

「いいですよ」


 修行の合間にはなるけど、教えるぐらいなら別にいい。それに、自分の復習にもなるし。


「それじゃあ……お願いしてもいいですか?」

「やった~!これからよろしくね、カルラおねえちゃん!」


 こうして、修行の傍ら、小さな女の子に魔法を教えることになった。

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