幕間 アンナの修練
「ああもう、なんなの魔法の本質って!」
「そんなの私に言われてもわからないわよ!感覚で理解しなさい!」
遠くの方から、カルラとオリヴィアさんの言い合いが聞こえてくる。オリヴィアさんから指導を受け始めてから約一週間、私達は一歩進めたかも怪しい状態だった。というのも、魔法の本質というのが難しすぎるのだ。
今まで知らなかった概念というのに、魔法の本質の理解の仕方がわからないというのが合わさって、難易度がとてつもなく高くなっている。
私も少し触れたのだけど……正直投げ出したくなっちゃうのも分かるわ。
「よそ見をしていると、私に殺されるよ!」
鋭い声とともに銀泉が目の前に迫ってくる。私は相手の剣に自らの剣を合わせて弾き、目の前の相手に再び集中する。スラッとした身動けば揺れる長い金髪と大きな胸……それと彼女の身長よりも大きな剣。そんな目の前の相手はアレスという。アレスさんがあまり魔法を使わない私のために連れてきてくれた一流の冒険者だ。アレスという名前は偽名で、本名は別にあるのだとか。
本来ならアレスさん、と呼ぶべきなんだろうけど、
「これから一緒に鍛錬する仲間なんだから、敬称は不要だよ」
なんて初日に言われてしまったから、呼び捨て呼んでいる。
互いに睨み合っても状況は進まない。今度はこっちから攻めてみよう。自身の身体に『身体強化』をかけなおし、地面を蹴って距離を詰める。真っすぐ、一直線に放たれた私の攻撃はその大きな剣によって容易く防がれてしまう。しかし、それで終わるほど、私は弱くない。一発目が弾かれたのなら、二発目、三発目と続けて打ち込み続ける。その一つひとつの攻撃は音速に近い速度で繰り出されていく、この広い空間に金属と金属のぶつかり合う音が響き渡る。時間にして十秒、しかし、体感ではもっと長く感じられたこの間、ずっと剣をアレスに振り続けた。だが彼女は、そのすべての攻撃を的確に、無駄なく防ぎ切った。全力で、百に近い攻撃を行ったため、さすがに疲れた。が、アレスは戦闘中に休ませてくれるほどやさしいわけではない。
反撃開始と言わんばかりに、大剣を横薙ぎしてくる。大剣だからと言って速度が遅いわけではない。それどころか、私の攻撃に迫るほどの速さで攻撃を繰り出してくる。それを可能にしてるのは、彼女の圧倒的な『身体強化』の質の高さ。彼女もまた、魔法の本質を理解しているものだった。
私は剣を縦に構え、横から迫りくる攻撃を防ぐ。
……重いっ!
彼女の攻撃は、大剣の重量とその速度から一撃一撃がものすごく重たい。一発受けるごとに体が吹き飛びそうなほどの衝撃があり、受けた剣を持つ手がしびれるほどだ。そんな攻撃が五回、十回と続くと流石に対応も遅れてくる。やがて、攻撃を防ぐために少し体勢を崩してしまった。その瞬間、工期を言わんばかりの力強い攻撃が飛んでくる。
そこまでは想定内。いや、
勝った――!!
そう思った刹那、視界がぐるんと周り、宙に浮く感覚が襲ってくる。そして気が付いたらアレスの大剣が私の首にあてがわれていた。
「勝負あり、だね」
アレスはそう言って、私の首から大剣をどけた。
また負けた……。
私は地面に寝転がったまま、呼吸を整えながらそんなことを思った。
「さて、じゃあさっきの戦いを振りかえろっか」
そう言いながら、アレスは私の隣に腰を下ろした。彼女は模擬戦が終わった後、毎回こんな感じで振り返りの時間をくれる。
「まず最初の連撃。速度や威力はよかったよ。花丸をあげたいくらいね。ただ、動きが単調すぎる。おかげで早いのに防ぐのは簡単だったよ」
うっ……。痛いところを突いてくるな。
「フェイントすらせず、そのまま真っすぐに攻撃してくれるから動きが読みやすいんだよ」
そう言いながら、アレスはフェイントの仕方を人選してくれる。その動きは、フェイントだとわかっていなければ簡単に騙されそうな程、完璧に近い動きだった。
「それとね、一撃で勝とうと思わなくてもいいのよ。無理に首や胸を狙わなくても」
思い返してみれば、私……私達全員、一撃で仕留めようという考えが念頭にあった。反対に、アレスの攻撃は、私の腕や脚を狙ったものが多かった気がする。
「一撃で勝とうっていう考えは悪いわけではないよ。むしろ魔物に対しては有効だ。損傷が少ないほど高値で売れるからね」
でも、対人では話は変わってくる。そう彼女は話をつづけた。
「脚を負傷すれば歩けなくなる。腕を負傷すれば武器を振れなくなる。命を刈り取るのはそのあとで良いのだから」
そういう彼女の声は少し暗くなっていた。何か、思うところがるのだろうか……。
「とにかく、徐々に負傷させれば勝てるってことだよ!」
先ほどまでの空気を吹き飛ばすように、一際元気に言い放った。実際、最後の攻撃はただの足払いだった。ただそれだけで勝敗が決まった。
「難しいわね、戦うのって」
「難しいよ。でも、だからこそ面白いんだよ」
そう言ってアレスは笑いかけてきた。
「やっぱり無理じゃん!」
「カルラには才能がないのよ、才能が!」
「あー!一番言ってはいけないことを言った!」
再び、カルラとオリヴィアさんの言い合いが聞こえてきた。彼女たちは彼女たちでかんばってるんだな。ただ、それだけなのに自然と笑みがこぼれた。
「よし、じゃあもう一戦しましょうか」
そう言いながら、私は剣を握りしめた。
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