第87話 大男にフルーツタルト

「……どういうこと?」


「ラインハルトから報告を受けた時から思っていたんだが、奴は組織に属していないか?」


「そうじゃないの?」

 

 あの場所にだって手下が十数人いたんだし。最後の男もそうだし。というか、あの組織の長が奴じゃないの?手下たちも奴のことを様付けで呼んでたし。

 あれで組織ではないのだとしたら逆に怖い。


「いや、前回の襲撃については伝えたと思うんだが……その時には、組織に属しているような素振りは見せてなかった」


 前回の襲撃っていうと、師匠が筆頭魔法使いになったときのことか。あの時は組織に属してなかった?


「そのことが何か関係があるんですか?」


「もともと組織に入っていなかった人間が組織に加入していて、尚且つ部下を持っているほどの地位にいる」


 前回の襲撃後、奴はどこかの組織に加入した。頼み込んで入ったのか、はたまた勧誘されたのかはわからないが……とにかく、奴はその組織に置いて部下を持ち、助言をしてくれる人物だっているのだ。

 奴と事を構えるということは、その組織とも事を構えなければならないということだ。

 

「厄介なことになったね……」


 組織と事を構える。それが、対個人の負担とは比べ物にならないということは想像に難くない。彼個人を突けば、その奥にいる人物たちが出てきかねない。いや、もしかするともう出てきているのかもしれない。


「ともかく、彼が組織に入ったことが分かったんだ。それだけでも儲けものだろう」


 組織を相手にする場合、それなりの準備や手段が必要になる。よって必然的に個人とは対応が異なってくるのだ。


「奴の場所は……まあ、組織について調べれば芋づる式に出てくるだろう。調査員をあそこに派遣して……」


 そう言いながら、ヴェルトスさんは何やら考え始めた。ど、どうしよう。話を進めたい気持ちもあるけど、流石にこれを邪魔する気にはなれないし……。

 そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」


 ラインハルトさんがそう答えると扉が開き、トレイを持ったギルド職員の人が入ってきた。あれ、この人見覚えがあるような……。ああ、ヴェルトスさんの娘さんだ。それにしても、どうしてここに?


「お久しぶりです、カルラさん、ルリアーナさん。こうやって話すのは初めてですよね」


 彼女はそう言いながらトレイに乗っていたお皿やらティーカップなどを俺たちの前に並べていく。並べ終えた後、トレイを持ち直しこちらに向き直った。


「まずは自己紹介から。私はローザリン・レイナード、以前カルラさん達に助けていただいた者です。あの時は助けていただき本当にありがとうございます」


 そう言いながらローザリンさんは頭を下げた。そっか、そう言えば遺跡から助けたんだよな。こうやって話すのは初めてだけど、礼儀正しい人なんだ。


「申し訳ないのですが、こうなった父……ギルド長はしばらくこのままなので、こちらの者を召し上がりながらお待ちください」


 そう言いながら、目の前の机に並べられたお皿へと視線を促してくる。彼女からお皿へと視線を移すと、そこにはおいしそうなフルーツタルトが一切れ乗っていた。ティーカップには紅茶が入れられており、いい匂いが漂ってくる。

 あ、こうなることは予測されていたわけね。いや、もともと彼女が来る予定だったのか?どちらにせよ、これを食べながら待つしかなさそうだ。


「こちらのタルトは最近王都で有名になったものでして、先程『セレスティアル』から取り寄せたものとなっています」


 セレスティアルって高級スイーツ店じゃなかったっけ?基本的に一個銀貨十枚は超えていて、物によっては金貨以上するぐらいの高級店。その代わり、名前の通り天国に昇るようなおいしさで有名な店。

 え、これってどれぐらいかかってるの?ちょっと怖いんだけど。ふと横を見ると、今にもよだれが垂れそうな勢いで目の前のタルトを眺めるルリアーナがいた。そんなに見るなら食べちゃえばいいのに、って思ったけど多分俺のことを待ってくれてるのだろう。


「あ、ありがたくいただきます」


 俺はそれだけ言って……目の前のフォークを手に取り、タルトを一口大に切って口に運んだ。タルト生地のサクサクとした感触と、フルーツの甘酸っぱさが口いっぱいへと広がる。ああ、これは高いお金払ってでも食べたくなるわ。気が付くと、俺は次の一切れを口に運んでた。これ、虜になりそう。

 ルリアーナはどうかな?そう思って横を見ると、すでに食べ終わっていた。何なら俺のお皿に乗っているフルーツタルトを眺めていた。

 ……あげないからね?

 その意思を込めて、少しだけお皿を自分の方へと近づける。そうすると、ルリアーナはあからさまにがっかりしたかのような仕草をした。


「……まだありますけど、いりますか?」


 そんな彼女の姿を見たローザリンさんはそんな提案をする。ルリアーナはその言葉を聞くと目を輝かせながらコクコクと頷いた。美味しすぎて、彼女は声を失ってしまったのかもしれない。


「カルラさんもいりますか?」


 実はルリアーナとローザリンさんが話している間に俺も食べ終わってしまっていた。だって美味しいんだもん。仕方がないよね。


「……お願いします」


 俺の返答を聞いたローザリンさんは今すぐとってきます、とニコニコしながら言って部屋を出ていった。ちなみに、俺たちがこの会話を繰り広げている間、ラインハルトさんもフルーツタルトを食べていた。想像してほしい。普段来ている鎧を脱いでいることによって、鍛え上げられた肉体があらわになっている大きな男が、身体に似合わないほど小さなフォークを持ってフルーツタルトを切り、口に運んでいる姿を。少し笑えるだろ?


 とまあ、そんなことをしながら俺たちは贅沢な時間を過ごした。

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