第84話 パラシティックシード

「ない?ないってどういうこと?」


 アンナを助ける方法がない?そんなこと無いでしょ!


「助ける方法はない。パラシティックシードに寄生された人間は一人残らず処分した。いや、処分するしかなかったのだ」


 ラインハルトさんは冷酷に、そして悲しそうにそう言い放つ。


「パラシティックシードは人に寄生し、それが完了すると増殖して次の宿主を探し始める。だから、見つけた時は早く処分しなくてはならない。……それが自分の大切な人であっても例外ではない」


 ラインハルトさんとアンナの剣戟音が響く。


「それでも……、それでも何とか救えないの?!ルリアーナならっ!!」


 俺が振り返り、ルリアーナは静かにこっちを見ていた。


「ルリアーナはこのままでいいの?!アンナ、死んじゃうんだよ!殺されちゃうんだよ!そんなの、そんn」


「あたしだっていやだよ!」


 突然、俺の言葉を遮り、ルリアーナは叫んだ。


「あたしだって嫌だよ!でも、でもね。治す立場だから分かっちゃうんだよ。もう、救うことはできないんだって。中の魔物が体中に広がってる。助ける方法があるなら……」


 ぽたっとルリアーナの顔から液体が流れ落ちた。回復魔法を操るものだけが使える魔法。別名『診断』とも呼ばれているその魔法は、対象の身体にある異常や異物を見ることができる。恐らく、ルリアーナはその魔法を使ってアンナを見たのだろう。


「そろそろ頃合いか……。パラシティックシードの処分を行う」


 そう言い、ラインハルトさんは自身の大剣を高く振り上げた。そしてそのまま立ち尽くすアンナの方へと振り下ろす。


 俺は気づいたら『マナ障壁』を張っていた。ラインハルトさんが振り下ろした大剣は、俺の『マナ障壁』によって遮られた。


「何を、しているんだ?」


 自身の剣が遮られたラインハルトさんは俺の方を睨みつけてきた。


「やっぱり、こんなの良くないよ。こんな形のお別れは嫌だ」


「なら、君自身の手で終わらせるんだ」


 そう言ってラインハルトさんは剣を渡してくる。俺が言ってるのはそう言うことじゃない。それは、ラインハルトさんも分かっているだろう。分かったうえで、こうしているのだ。


「処分をしないという選択肢はない。冷酷だ、残酷だと思うならそれで構わない。俺だって人間だ。関わってきた人を殺すのは気分がいいものではない。だが、俺は一人の人間の前に、一人の冒険者だ。ギルドの支部長だ。人々に危害を加えかねないものを、放置するわけにはいかない」


 ラインハルトさんは、落ち着いた声で言い続ける。


「冒険者は、常に命を張って戦っていく。そんな冒険者にとって戦死は誉れだ。君達も、冒険者になるときに覚悟したはずだ」


 冒険者が命を張っているのは知っている。死と隣り合わせなのは知っている。何回も死にかけた。でもどこかで、俺たちは大丈夫だと思っていた。何度危機が起ころうとも、そのすべてを回避できるものだと思っていた。


「でも、やっぱり」


「君がしないのであれば、私がする。これは決定事項だ。最期は、自身の好きな者に葬られるのが幸せだと思うがな」


 俺は、ラインハルトさんに差し出された剣を弾き、自身で剣を生み出した。ラファイエットの腕を斬り裂いた、あの半透明の剣だ。恐らく、あの大剣は扱えないから。


 まだ、諦めきれてない。気持ちの整理もついてない。でも、もし殺すしか選択肢がないとしたら、アンナを殺すのは、俺でありたい。仮にラインハルトさんに任せたら、俺はラインハルトさんのことを一生憎み続けてしまうだろう。それに、他の人にアンナの最期を任せたくない。


 剣を構え、アンナに向ける。アンナは俺を敵として認知したのか、剣を構えた俺を鋭くにらみつける。アンナの姿はぶれ、一瞬にして距離を詰めてくる。そのまま剣で斬り付けてくるが、俺の『マナ障壁』によって、その攻撃が俺に命中することはない。


 工夫のない、力任せの攻撃の数々が、ますます相手がアンナではないと思わせてくる。アンナの戦い方ではない。


 俺は攻撃をし続けてくるアンナを見つめる。俺は、今から中にいる魔物ごとアンナを殺す。改めてそう思うと、剣が震える。これしか道がないと思うと、この魔物が余計憎たらしく感じる。


 返してよ。アンナを返してよ。なぜアンナだったのか。そんなのは関係ない。ただ、返してほしい。


 俺は、半透明の剣を振り上げる。本来金属ではないそれは、背景が透けて見える。


 

 ごめん


 

 俺は、そう思いながら剣を振り下ろした。剣がアンナに当たる瞬間、俺は顔を逸らした。見たくない。若干の抵抗を感じる。物を切るとき特有の、あの感じが剣を通して伝わってくる。その後、その感触は消えた。それは、俺が完全に剣を振り下ろしきったということを示していた。前からドサッっという音がした。


「アンナ!」


 後ろから、ルリアーナの声が聞こえてくる。前を見たくない。現実を受け入れたくない。俺は、片手に持っていた半透明の剣を消した。


「カルラ!カルラ!」


 ルリアーナの声が聞こえる。殴られるだろうか。もしかしたら殺されてしまうかもしれない。それだけのことを、してしまったのだ。

 

「アンナ、生きてるよ!」

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