第79話 殺意という感情

「そこで、双方に利益のあるもう一つの提案がある」


 ラファイエットさんは人差し指を立ててそう口にした。


「もう一つの……提案?」


 余り働いていない頭で返答する。


「そう!その提案とはね、決闘だよ!」


 スポットライトの光が、アンナから外れ、ラファイエットさんに注がれる。


「ルールは簡単、なにをしてもいい殺し合いだよ。君が勝ったらアンナ君のことを好きにすればいい。もし僕が勝っても――つまり僕が君を殺しても、アンナ君のことは解放しよう」


 わけが、わからなかった。だってそれじゃあ


「それじゃあ、僕に利益がないだって?」


 ラファイエットの言葉にゆっくりと頷く。


「利益ならあるさ。殺し合いって楽しいだろう?自分たちの生死を、命をかけて争うんだ。ルールなんてものはない。精一杯あがき、もがき、相手の命を刈り取って初めて手に入れられる自らの勝利!両足を失っても、両腕を失っても、視力を失っても、大切な仲間が居なくなろうとも!自分の持てる全ての力を持って相手の命を刈り取るんだ。そんなものが楽しくないわけがないだろう!それに……」


 狂気のように早口で殺し合いのすばらしさを語った後、大きく息を吸って言葉をつづける。


「それに、僕は負ける気がないから」


 それは勝利宣言だった。紛れもなく、純粋な、自信たっぷりの勝利宣言だった。


 正直、殺し合いなんてしたくなかった。目の前で、誰かが死ぬのを見たくはなかった。自分が犠牲になるだけでアンナが助かるなら、それでいいかと思った。けど、見えてしまったんだ。


 高笑いしているラファイエットの後ろで、ずっと暴れているアンナを。その腕や脚に付いた、恐らく拘束具との摩擦でできたであろう無数の傷を。綺麗な真っ白の肌に似つかない、黒く内出血したお腹を。


 ある、感情が心を支配した。それは、前世では抱くことのなかった感情。それは、アンナが失踪してからここに来るまで、恐らくずっと抱いていた感情。それは、この部屋へと入る前に、再確認した感情。


 殺意


 今、俺の心を支配している感情にぴったり言葉だった。そうだ、この部屋に入る前に覚悟を決めたんじゃないか。俺は、ラファイエットを殺す。アンナにこんなことをしたラファイエットを殺す。目の前で人が、それも経った今であったばかりの人が死んだ程度で、揺らいでいい感情じゃない。俺のこの思いは、間違ってなどいない。


「いいよ、殺し合い。受けて立つよ」


「そうそう!その眼だよその眼!憎むべき相手を見つけた時の様に憎悪する眼!相手を殺そうと狙っているその顔!殺し合いはやっぱりこうでなくっちゃね!」


 ラファイエットはそう言うと、指をパチンッと鳴らした。すると、寝台に固定されていたアンナは鳥かごのようなものに囲われ、部屋の端っこまで追いやられた。


「あの子は戦いの邪魔になるだろうから移動させておいたよ。その鳥かごには、拘束具と同じような効果がある。拘束具を外すけど、逃げれるとは思わないことだね」


 ラファイエットがそう言うと、アンナを縛り付けていた拘束具は外され、身体の自由を手に入れた。そして猿轡を外し、そのまま叫ぼうと……


「おっと、うるさくされたら敵わないからねぇ。ちょっと魔法で静かにしてもらおうか」


 すると、鳥かごは薄いマナの膜に包まれた。あれは『消音』か。


「あとは照明を付けよう」


 壁に取り付けられたマナ式の照明が一斉に点灯し、部屋全体を照らす。


「さて、準備は整った。始めようか、互いに互いを憎みあう最高の殺し合いを!」


 ラファイエットは叫びながら手を前に出し、地面に魔法陣を展開させる。


 古代魔法?!いや、こんな魔法は知らない。なら新しく作り出した魔法か?とにかくどんな攻撃が来ようと耐えれるように『マナ障壁』を……


「『サモン』!フェデュエル!」


 ラファイエットが叫んだのは、俺が想像していたものとは全くの別物だった。


 地面に展開された魔法陣からマナの粒子が現れ、徐々にかたどっていく。一秒もすれば、形は完全に出来上がっていた。細長い体躯に、ドラゴンの様な翼。鋭い爪やくちばしなど、まるで前世の恐竜であるプテラノドンを彷彿とさせるような魔物が、魔法陣から出現した。


「そんなご丁寧に『マナ障壁』なんか使っちゃって。僕が攻撃魔法でも使うと思った?残念!僕が戦うわけがないじゃん。君の遊び相手はこの子だよ」


 そう言われたのは、先ほど召喚された魔物、フェデュエルだ。そうか、こいつは魔物を使役する奴だった。すっかり忘れていた。それにしてもこのフェデュエルという魔物、聞いたことがないんだけど。


「あ、この魔物について聞きたい?この魔物はね、僕の自信作なんだよ!」


 そう言って、自慢するかのように胸を張るラファイエット。いや、自慢するかのようにではなく、実際に自慢しているのだろう。自信作ということは、新たに作り出した魔物ということになる。どおりで聞いたことのない魔物なわけだ。


「とはいっても、その子は失敗作なんだよね。だから、僕もがんばろっかな。『グラビティ』」


 ラファイエットが魔法を唱えた瞬間、明らかに自分にかかる力が増えた。体感、二倍ぐらいだろうか。なるほど、何でもありといったのはこういうことだったのか。


「準備は整ったね。それじゃあ、フェデュエル。目の前の少女を食い散らかしちゃって」


 フェデュエルはそう命令されると、翼を動かし、急速に迫ってくる。腕を振りかぶり、力任せに爪で掻っ切ってこようとするフェデュエルの攻撃を『マナ障壁』で防ぎ、反撃をしようと試みる。


「あ、そう言えば言い忘れてたけど、この部屋で使われる僕と僕の魔物以外の魔法は威力が三分の一程弱くなるからね」


 襲い掛かってくるフェデュエルの攻撃はいとも容易く『マナ障壁』を砕き去り襲い掛かってきた。俺は急いで跳び退き、フェデュエルの攻撃を避ける。


「さて、君はどこまで遊んでくれるのかな?」

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