第75話 潜入

 階段を一段降りるたびに、埃っぽさが一段と増していく。壁は古いレンガでできており、軽くぶつかってしまえば、すぐにでも崩れるかと思うほどボロボロだった。実際、少し触れて見たところ、触れた部分が風化していたのか、若干壁が削れてしまった。


 果たして本当にこんなところにアンナはいるのだろうか。そんな考えが脳内をよぎるが、すぐさま振り払う。ここにネックレスはあったんだ。アンナがいると信じよう。さらに進むと、広い空間に出た。階段はここで終わりのようだ。さらに進もうとしたが、足を止めた。声が聞こえたからだ。


「はぁ……。ダルすぎるでしょ。今頃ラファイエットさんはお楽しみ中なのかねぇ」


「いや、まだ待つとは言ってたぞ。それに、あの女の子はラファイエットさんのタイプじゃないだろ」


「それもそうか。あの人は熟女好きだしな」


 はははっと笑い声が聞こえてくる。話を聞いた感じ、ここにアンナがいると考えて間違いなさそうだ。それに、アンナがまだ無事だということも。


 とりあえず、壁に張り付きながら辺りを観察してみる。ぱっと見た感じ、あの二人以外は辺りにいなさそうだ。あの二人は門番みたいな感じなのだろうか。槍を持ち鎧で身を固めており、扉の傍らでたっている。あの扉の先にアンナはいるのだろう。


「あの二人を無視して先に進むのは難しい、か」


 魔法を使って二人同時に仕留めるか。いや、そうすれば騒がれて気づかれる可能性がある。それに、出来れば殺したくない。どうしたものか……。


「透明になる魔法って使えないかな?」


 魔法はイメージ。そうやって今まで魔法を使ってきたのだ。イメージさえしっかりとしていればその魔法を使えるはずだ。さて、どうやって透明になるかだ。現代では透明人間になる方法が何個かあるという話を聞いたことがある。それは身体に背景を映して透明のように見える方法や、身体の光屈折率を下げて透明のように見せる方法などだ。しかし、その全てにおいて問題点は存在する。例えば、屈折率を下げる方法なら、自分からは周りが見えないといった問題がある。


 さて、ならばどうするか。うーん、透明になるのは無理なのかな?あまりにも問題がありすぎる。ただ、見えなくするという方向性はよさそうだ。こちらの姿を隠せないなら、あちらの目をつぶせばいい。でもそれだと声がなぁ……。あ、そういえば音を消す魔法があったような。


「『消音サイレント』」


 この魔法は、俺にとってかなりなじみのある魔法だ。師匠との特訓の時にも使っていたし、初めてヘルゲンに行ったとき、山賊たちと戦った時でさえ使われていた。この魔法を使えば、その範囲内の音は外部に届かなくなる。最近、この魔法と触れ合うことがなかったから忘れていた。


 「消音」、俺がそう口にするとマナの波動が俺を中心に放出される。このマナの波動は魔法の心得がある人しか気が付くことはできない。見た感じ、彼らは魔法が仕えなさそうなので問題ないだろう。その証拠に、彼らはそれに気が付くことなくまだ話し続けている。


 問題なく、魔法は発動しただろう。これでこの部屋の中の音は、外部に聞こえなくなったはずだ。俺はふらっと物陰から体を出す。


「何者だ!」


 二人組のうち、一人が俺のことに気が付き、持っている槍をこちらに向けてくる。


「侵入者だな!悪いが、おとなしく捕まってもらおうか」


 もう一人も遅れて、俺の方へと槍を向けてくる。ここまでは、想定通りだ。


「私は奥にいるアンナを助けに来た。ラファイエットは奥にいるの?」


 俺は落ち着いて二人に尋ねる。


「賊に教えることなんぞねぇよ。おとなしく捕まんな、今なら優しくしてやるぜ」


 そう言い、男は下品な笑みを浮かべる。教えることはない……か。さっさと決着をつけてはかせた方が速そうだな。


「だからお嬢ちゃんは安心して寝てな!」


 そう叫びながら、一人は槍を持って突進してくる。ただ、その攻撃には殺意が込められていない。あくまで捕まえようという判断なのだろう。


「殺すなよ、後のお楽しみとして使うんだからよ」


「わかってるって、どうせちょっと小突いただけですぐに倒れ」


 そう言いながら槍を振り回してくる男に対して、俺は自身に『身体強化』をかけて槍を掴む。そして、そのまま思いっきり引き寄せ、鮎立でみぞおちに殴りを入れる。殴られた男は驚きを痛みで目を見開き、その場に倒れこむ。


 俺は間髪入れずに、目の間の状況を理解できていないもう一人の男を魔法で吹き飛ばし、壁にたたきつける。叩きつけられた男は、大の字になりその場に倒れた。


「ふぅ」


 たぶん、二人とも意識を失っているだろう。俺はマジックバックを取り出し、縛るための縄を探す。縄を見つけたら、気絶している二人を魔法で運び、二人まとめて動けないように縛り付けた。そのあと、二人まとめて縛り付けているところに、バケツ一杯分ほどの水を頭上に召喚し、思いっきり浴びせる。ちなみに温度はかなり冷たくしている。


「わぶっ、うぅ……。はっ!一体俺たちに何をするっていうんだよ!」


 いきなり冷水を浴びせられた男は意識を取り戻し、俺の方を睨みつけてくる。どうやら、自分の状況は理解しているが、立場は理解していないらしい。

 

「まだ何もしてないよ。まだね」


 そういう俺の顔を見た男たちは、顔を歪ませた。

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