第71話 誘拐

 ふぅ、疲れた。そんなことを思いながら家の扉を開く。今日は新古魔法を沢山使った。あれは結構集中力が必要だからなぁ。精神的に疲れる。


 家に入ると静まり返っていた。アンナはまだ起きていないらしい。きっと彼女も疲れていたんだろう。戦闘で傷だらけだったし、おそらく新しい戦い方だってしたんだろう。


「あたし、晩御飯を作ってくるね」


 そっか、今日はルリアーナの当番だったっけ?


「いつも私に作ってって頼んでくるのに珍しいね」


 普段は俺が作ることが多い。美味しいって言いながら食べてくれるから嬉しいんだけどさ。


「んー助けてくれたお礼?たまには作って見たい気持ちになったんだよ」


 そう言ってルリアーナはキッチンの方に向かった。


 ルリアーナがご飯を作っている間に、今日の戦闘の反省をしよう。戦闘があった日、空いた時間があれば思い返して、一人反省会を開こうと思っていたんだ。強くなろう、そう決めた日から考えていた。


 今回の戦いは、マナを使いすぎた。あの時は怒っていたのもあるし、急いでいたのもあった。もう少し冷静になればマナを抑えて戦闘を終わらせることが出来たははずだ。逆に、あそこで大きな『マナ障壁』を展開したのは正解だった。今度から守るべき人数が多い時はそうしよう。対象の周りだけに『マナ障壁』を展開することってできるのかな?今度試してみようか。


 そこまで考えると、キッチンの方から美味しそうな匂いが漂ってくる。おそらく、もうそろそろご飯ができるんだろう。少し、アンナの様子を見てみるか。そう思い、寝室の方へと向かう。


 寝室の扉が、少し空いていることに気がつく。あれ、閉め忘れたかな。その時は、それぐらいのものとしか捉えていなかった。次の瞬間、その予想は間違っていたということに気がつく。


 扉を開けると、そこにいるはずの人がいなかった。


 アンナがいなかった。


 本来人が寝てるはずのベッドはには、人がいた痕跡だけが残されていた。


「あ、アンナ?」


 俺は状況が理解できなかった。ただ目の前には、冷酷な現実があるのみ。これが夢だと思いたかった。彼女はそんなことをしないと分かりながらも、布団をめくり、カーテンを翻し、クローゼットを開けた。どこかから、「見つけられたわ」といって出てくることを祈った。そんなこと、彼女がするわけないのに。一通り探すしても見つからない。


 ふと、ベッドの近くにあるテーブルに置いてあった紙に目がむく。これは俺がアンナの元を離れる際に書いたものだった。手に取って見ると、俺が書いた文章の上に赤いインクで大きくバツ印がされていた。いや、赤いインクではない。これは血だ。


 紙の右下に


「うら」


 と書いてあったので裏返してみる。そこには、表のバツと同じものを使ってびっしりと文章が綴られていた。


「女なんて、男に奉仕してればいいんだよ!お前だってそう思うだろ?あーお前は俺が嫌いな女筆頭だったわ。そうだろ、カルラ・クライスト。そんなお前に朗報だぁ。お前の大事なお仲間さんは預かったよ。頑張って助けてみろよ。早くしないと、お前の仲間をもう女としてしか生きていけないほど辱めてやる。わかるか?人質を取ったんだ。頭が悪い女さんにはこれぐらい言ってやらないとなぁ。ああ、俺は貧民街のどこかにいる。精々頑張って探すんだな。俺とお前のゲーム、楽しもうぜ」


 俺は反射的に紙を地面に叩きつけてしまっていた。やられた!俺たちを狙っているような動きは前々からあった。いま彼女を一人にするべきではなかったんだ。俺のミスだ!


 落ち着け、怒りに任せていいことは無い。さっきそうやって反省したばかりだろう。状況を整理しよう。いや、ルリアーナに伝えて、ギルドに報告して、それで、それで……


 考えが上手くまとまらず、頭を掻き毟る。怒りと、悲しみと、悔しさが頭の中を駆け巡る。俺は、手をぎゅっと握りしめる。あいつのメモには何が書いてあった?彼女は今どこにいる?安全なのか?俺は、


 俺はどうすればいい?


「落ち着いてよ!」


 突然後ろから抱きつかれる。背中に柔らかいものが当たる。いま、この状況で抱きついてきているのなら、これはルリアーナだろう。そこまで考えて、頭に掛かっていた霧が晴れるような感覚に襲われる。


 気がつくと、俺の両手は血が滲んでいた。いつの間にか、握りしめる力が強かったようで爪が掌に突き刺さっていた。その光景を見て、やっと思考が鮮明になってくる。


「何があったか話してよ」


「ルリアーナ、なんでここに?」


「ご飯ができたから呼びに来たの。カルラが寝室に行ってたのわかってたし。それで、何があったの?」


「わかった」


 俺は、見たものを全てルリアーナに伝えた。話してる間、怒りや悲しみが再び押し寄せてきた。特に、書いてある文章を読み上げるのは苦痛だった。怒りでどうにかなりそうになった。なんだよ、女だからって。


「なんなの、それ!」


 俺から話を聞いたルリアーナは怒鳴った。普段笑顔の彼女がこんなにも怒りで顔を歪ませているのは、初めて見た。


「カルラ、行くよ!私たちが助けに行かないと!」


 そう言って、彼女は家から飛び出そうとする。俺は、そんな彼女の手首を掴んで止める。それぐらいまでは、落ち着けていた。


「どうして止めるの?今すぐにでも行かないと!」


「今すぐ、無策で行ってもあっちの思うつぼだよ!それに、落ち着けって言ったのは、ルリアーナでしょ!」


 俺のその言葉に、ルリアーナはハッっと目を見開く。


「……ごめん、あの文章が頭に来ちゃって……」


 その気持ちは、すごくわかる。けど落ち着かないと。俺は一呼吸して言った。


「一度、冒険者ギルドへいこう」

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