第65話 剣舞

 今日はドゥルガの森に来て四日目となる日だった。もう四日目ともなれば、天幕を片付けることにだって慣れてくる。てきぱきと天幕を片付け、私たちは再び森の中を進み始める。アネモスウルフやプディズは他の冒険者が、ヴィルヴェルやイェラーキは私達が処理をする、という構図もしっかりとして入れ替わりなどもスムーズになってきた。


「ヴィルヴェルが現れたぞ!」


 その報告を聞き、私は剣を抜いて前に出る。他の冒険者の前に出て対峙したヴィルヴェルは少し様子がおかしかった。瞳孔は赤く光り、口が半開きになっている。その半開きになっている口からは鋭い牙が覗き、その隙間からはヨダレが溢れ出ており、ポタポタと地面に落ちていた。極めつけに、そんなヴィルヴェルが三体同時に現れ、手下であるアネモネウルフがいない。


 本来、ヴィルヴェルはアネモスウルフの上位種のため、群れの長のような立ち位置にいる。つまり、複数のヴィルヴェルと同時に出会うことはまず無い。出会うとすれば、縄張り争いに遭遇するしかないだろう。無論、魔物の生体は調査が進んでいないため、必ずしもそうとは言えないが……様子を見るに、何らかの以上が怒っていると考える方が自然だろう。


 幸い、決闘しようとしてこないところを見るに、他人が介入しても大丈夫なはずだ。ヴィルヴェルの決闘は一体一となるかわりに部外者が立ち入るとヴィルヴェルの身体能力が上がると言った魔法のようなものだからね。


 ルリアーナから援護をもらおう。


 そう思い、ルリアーナの方を向くと。そこにはヴィルヴェルと同じような状態のイェラーキが三体いた。


「ルリアーナ!」


 私がルリアーナの後ろを指差して声を上げると、彼女は振り向き、状況を理解する。即座に『マナ障壁』を展開し、迫りくる鉤爪の攻撃をはじく。そのまま、仕返しといわんばかりに、水の刃をイェラーキに向けて放つ。放たれた水の刃は、攻撃をはじかれたことに驚いているイェラーキの首を見事に切断する。この様子だと援護をもらうのは難しそうね。


「うわぁぁぁぁ!」


 突如、後ろの方で悲鳴が上がる。声の方に目を向けると、魔物の角に肩を貫かれ持ち上げられている冒険者がいた。


「うっ……ぐぎ……」


 持ち上げられた冒険者の口から苦しそうな声が漏れでる。周囲の冒険者は突然のことで動揺し、動けそうにない。


「グガァァァァァァ」


 前の方からは、ヴィルヴェルが体を揺らし襲い掛かってくる。後ろには今すぐにでも助けなければならないっ冒険者。どうする、どうすればいい。


「ふん!!!」


 冒険者の肩に角を刺し、持ち上げていた魔物の首が一筋の剣により胴体から滑り落ちる。その剣は私のものではなかった。


「大丈夫か……ってこれは大丈夫そうじゃなさそうだな」


 魔物が息絶え、落下する冒険者を受け止めたのはルーファスだ。ルーファスは傷の状態を確認すると、腰に巻いている袋から液体の入った小瓶を取り出し、傷口に振りかける。液体がかかった場所から傷口が徐々にふさがっていくのがわかる。


「ポーションによる応急処置しかできねぇけど、この程度なら大丈夫そうだな。……どうしようか、この数」


 ルーファスが視線を冒険者から外し、見つめる先には先ほどの魔物が少なくともあと七体はいた。


「加勢しよう」


 そういい、どこからともなく自分の大きさほどもある大剣を取り出したのは、冒険者ギルドヘルゲン支部長であるラインハルトさんだった。


「久々にラインハルトさんの戦いが見れるってことっすか。俺は戦わなくてもいいか?」


「何を言っている。お前もしっかり戦うんだ」


 あの様子だと、あそこは大丈夫だろう。これで目の前に集中できる。私は低く唸っているヴィルヴェル三体を見据える。


「ふぅ……」


 大きく息を吐く。意識を集中させる。『身体強化』を自身にかけ、剣を構える。なぜこのようなことが起こってるかはわからない。しかし、今はこの魔物と戦うのみ。


 地面をけり、一体のヴィルヴェルの身に標的を絞り急接近、剣を振り抜き首をなでる。振り抜いた件は、ヴィルヴェルの首に深く突き刺さり、そのまま肉を切り裂き首を落とす。まずは一匹。一匹の息の根を止めた後、即座に意識を切り替え、他の二匹の動きを見る。やっと私の動きに追いつき、私の両側から噛みつこうとしてくる。一匹の攻撃はよけ、もう一匹の鼻を肘で殴り、そこを支店としてヴィルヴェルを乗り越えて位置を入れ替える。噛みつこうとしたヴィルヴェルにとっては、私が急に消えたかのように思えただろう。鼻を殴られ、混乱しているヴィルヴェルへと、もう一匹が噛みつく。蝶のように舞い、針のように刺す。いろいろな人から言われた私の戦い方、その真骨頂である。


 生き物は、攻撃の瞬間にこそ隙が発生する。互いに攻撃してしまったヴィルヴェルにできた隙を私は見逃さない。狙うは首、ただ一つ。神経を研ぎ澄まし、一匹ずつ剣を振り回し、首を断つ。『身体強化』で強化された腕力と、この剣の切れ味によって首は綺麗に切断され、地面へと転がる。この場にいるヴィルヴェルは倒した。他の所の援護に……


「いければよかったのに」


 私の目の前には先ほどの数を上回る五体のヴィルヴェルが構えていた。どうやら、援護をしに行けそうにはない。


「いいわ。ただ、覚悟を持って襲ってきてね」


 その日、ドゥルガの森で血の花が咲く。

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