第57話 魂

「アルノルトさん、いったいどうやってやったんですか!」


 俺は、子供の様にはしゃぐアルノルトさんに尋ねる。


「これで、これでこの本にある魔法が使えるぞ!歴史的大発見じゃあ!」


 喜びのあまりはしゃぎ続けるアルノルトさんを何とか落ち着かせ、話せるようになるまで、およそ十分ほどかかった。


「……すまん、喜び過ぎたようじゃ」


「ほんとそうですよ……。それで、どうやってやったんですか?」


「この本にやり方が書いてあってな」


 そう言ってアルノルトさんは「新説・魔術学」という本を俺に見せてくれた。


「この本によると魂の同期っていうのが必要らしくてな。魔法を使うときに、自身の魂を意識する必要性があるそうなんじゃ。今までの魔法はただマナを認識して、マナを込めるだけで使えてたじゃろ?古代魔法文明の魔法はマナを魂を使って抽出する必要があるようなんじゃ」


 なるほど、わからん。


「要するにマナを認識したように、己の魂を認識する必要性があるということじゃ」


 アルノルトさんの言葉を理解しようとする姿を見たアルノルトさんは呆れながら要約してくれた。なるほど、なんとなくわかった。


「それで、どうすればその魂の認識?っていうのはできるの?」


「この本によればじゃな、まず自身の身体を俯瞰したときのイメージをしてくれ」


 俺は身体から力を抜いて、自身の全体像をイメージする。ぼんやりとしてるけど、これでいいのかな。


「それから、手の先、足の先を認識し、順に身体全体を認識する」


 手の先足の先?順に全体を認識する?よくわからないけどやってみるか。体の先端から順にイメージを濃くしていく。イメージを濃くする度に、その箇所の質感や形がより現実味を帯びる。


「身体全体を認識できたら今度は胸の中、心臓部分にある魂を感じ取り、手で触れる」


 胸の中にある魂……。俺のイメージ内では自身の程よく育った胸の中に、輝いている二つ塊があった。それぞれ、赤と白に輝いており、互いに混ざり合いながら太極図のように回転している。これが魂?でもなぜ二つ?俺は、自身の魂と思われるものに手を伸ばす。魂と思われるものと俺の手が触れた瞬間、俺の意識はプツリと途切れた。


 ――――――――――――

 

 気が付くと、俺は白い空間に来ていた。ここは見覚えがある。確かめるかのように俺は自身の手を見てみる。やはり、今までの手ではなく、ごつごつとした男らしい手だった。


「やっと、お兄さんと会えた」


 ふと、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り向いてみると、俺がいた・・・・。いや、正確にはカルラ・・・がいた。


「これ、は、どういう……」


 まだ顕現しきってないからか、俺の口から紡がれた言葉は途切れていた。一体何が起こっているというのだ。目の前にいるのはカルラだ。今よりも幼く、白い服を着ているが、確実にカルラだ。あの世界に行って、一番見続けた顔だ。間違えるはずがない。何が起こってる。


 落ち着こう、すべてはそれからだ。俺は二度深呼吸する。よし、思考は回る。この場所には見覚えがある。おそらく、雰囲気から察するにここは天界だ。そして、目の前にいるのはカルラだ。よし、落ち着けないかもしれない。


「お兄さんは何に驚いてるの?」


「何って、この状況で驚かないなんてことはできないだろう?!」


 だって自分自身・・・・が目の前にいるんだ!落ち着いてなんていられるか!再認識すると、一瞬の落ち着きは消え去ってしまった。


「自分自身?何を言ってるの?私は私だよ」


 目の前の女の子の言ってることが理解できない。いや、理解したくない。


「私はお兄さんとずっと一緒にいたのに」


 俺は咄嗟に耳をふさぐ。もう、彼女の声を聴きたくはなかった。頭では理解できてる。けど、心がそれを理解したくないと叫んでいる。それなのに、俺の意思とは関係なく、彼女の声は俺に届く。


「でも、お兄さんが気が付かないのも仕方がないかぁ。だってあっちでは私とお兄さんは同一人物なんだし」


 彼女は俺にかまわず話し続ける。俺は今この場から逃げ出したかった。だが、俺は足がすくんで動けなかった。いや、そもそも足の感覚なんてないのかもしれない。この場にはしかないのだから。


「けど、それはあんまりにもひどいよねぇ」


 彼女の声は、俺に届き続ける。それが俺に話しかけているのか、それともただの呟きなのか、いまの俺には判断できなかった。


「そう思わない?お兄さん」


 やめろ、やめてくれ。頼む。それ以上は口にしないでくれ。分かってる。理解はしてるんだ。だからそれ以上は……。


「だって、お兄さんは私の人生を奪ったんだから」


 目の前の女の子の声が無慈悲にも現実を叩きつけてくる。理解はしていた。けど、理解はしたくなかった。正確には逃げていたのだ、その現実から。


「でも、はっ!」


「でもじゃないよ。それが事実なんだから。お兄さんは私の人生を無慈悲にも、容赦なく奪い去ったんだから」


「俺は」


 悪くない。その言葉は紡がれること無く、口の中でとどまった。俺は悪くない。そう自分に言い聞かせることで罪の意識から逃れようとする。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は――


 俺は、彼女の人生を奪ったんだ。


 その事実だけは、どうにも塗り替えられそうになかった。

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