第58話 もう一人の自分

 皆は異世界に転生して他人の身体に憑依する、といった物語を読んだことはあるだろうか。俺はある。けど、そこまで深く考えたことはなかった。ただ、そう言う設定なんだって。それは、自分が同じ状態になっても変わらなかった。けど、気づかされてしまったんだ。


 ――――


「……ルラ、カルラ!一体どうしたというんじゃ!」


 気が付くと、心配そうな顔で俺の顔を覗き込むアルノルトさんがいた。どうにも、魂に触れた瞬間俺は倒れてしまっていたらしい。現に、俺はアルノルトさんに支えられている状況だった。


「大丈夫。ちょっと立ち眩みがしただけだよ」


 そう言って、アルノルトさんを安心させる。


「そうか、それならいいんじゃが……。それで、魂は」


「ごめん、少し一人になってくる。考えたいことができたんだ」


 俺はアルノルトさんの言葉を遮り、そう言葉を紡いだ。呆気に取られているアルノルトさんを置いて書斎から飛び出て、寝室へと逃げ込んだ。家具を移動させ扉の前に置き、外側から扉を開けられないようにして一息つく。その後、俺はからの力を抜き、ベットに飛び込む。


が、彼女を……」


 俺は死んで、この世界に転生してきた。しかもカルラという人の身体を乗っ取って。俺の魂は、カルラの身体にねじ込まれたのだ。では、カルラの身体にあった――カルラ自身の――魂はどうなってしまうのだろうか。別の身体に転生してしまうのならばまだマシかもしれない。仮に、この身体に留まってるのだとしたら、彼女の送るはずだった人生はどうなってしまうのだろうか。


 俺はそのことに気づいてないふりをしていたんだ。何回か、頭によぎったことはある。けど、今まで深く考えたことはなかった。だが、今回は違う。現実を認識させられてしまった。今まで意識したく無くて逃げていたものに目を向けられてしまったのだ。


 仰向けになり、俺は手を上に伸ばす。そして、自身のものであるかを確かめるように、手を開いたり閉じたりしていた。この体は、俺が動かしてる。少なくとも、今は。


 だが名前はどうだろうか。少なくとも、「カルラ」という名前は俺の名前じゃない。俺の名前は一条渉だ。今のカルラに、一条渉の要素は何があるのだろうか。恐らく、ほとんどない。

 

「……カルラはどう思ってるんだろ」


 ふと、あの顔が思い浮かぶ。虚ろな目をして、俺を見つめ続けていたあの顔が。彼女は、俺のことをどう思っているのだろうか。いや、考えるまでもないな。あれは彼女の人生を奪ったんだ。恨む以外に何があるっていうんだ。


 再び自身の魂を見てみる。やはり、赤と白の二つがある。どちらかが俺の魂で、どちらかがカルラの魂なのだろう。やっぱり、彼女の魂は俺の中に存在するんだ。


 自分が話すときの一人称は「私」になっている。意識して話していたため、癖づいているのもあると思うが、それだけで自然と口から出るものとは思えない。やはり、このもう一つの魂というのが関係しているのだろうか。


 俺ができることはなんだ。彼女に対して、俺ができることは。一つの結論を付け、彼女に再び会うことに決めた。恐らく魂に触れようとすれば会えるはずだ。俺の仮想でできた腕は自身の魂へと近づく。魂と腕が近づけば近づくほど心臓の鼓動が早くなる。それに応じて、大極図をかたどっていた二つの魂は回転しはじめ、次第にその速度は速くなっていく。

 

 おれは回転の速度を上げ、一つの球のようになった魂に触れた。その瞬間意識が暗転した。


 気が付くと、再びあの空間へと来ていた。


「お兄さん、また来たんだ」


 相変わらず、彼女は虚ろな目で俺を見続ける。


「まず、本当に申し訳ない。こっちの勝手な都合で君の人生を奪ってしまったのだから」


 落ち着け、俺。呼吸を整えろ。


「本当なら、この体は君に還すべきだ」


 だって、俺は『異物』なのだから。


「けど、それはできない。だから、君の分まで生きて見せる」


 綺麗な景色を見て、美味しいものを食べて、アンナとルリアーナと楽しく過ごす。奪ってしまった彼女の分まで、彼女だけじゃできなかったことを、俺は経験していきたい。


「そして、いつだって君がいたことを忘れない」


 ただの自己満足だ、そう言われたって仕方がない。実際、自己満足なのかもしれない。俺が経験して何になるんだ。それでカルラは何の利益があるのか。そう言った思いだってもちろんある。だが、これが俺の精一杯の『贖罪』だと思う。

 

 俺は真っすぐと目の前の彼女を見つめる。

 

「お兄さん。私ね、怒ってないんだよ」


 そう言うと、彼女は俺に走り寄り、抱き着いてきた。


「ありがと」


 彼女がそう口にすると、世界が暗転、彼女自身も消えてしまった。その後、俺を中心に世界がだんだんと白く染まっていく。まるで世界が書き換えられたかのように。世界の書き換えが終わると、目の前にはメタトロンと、少女が立っていた。その少女の肌は血が通っているような赤みがあり、生き生きとした瞳で俺を見つめていた。そこにははっきりとを感じられた。


「え?」


「え?」


 俺が困惑の声を上げると、向こうからも困惑の声が返ってきた。


「カルラ……だよな?」


「え、お兄さんよくわかったね!初めまして、カルラです!」


 ん?何が起こってるんだ?さっきまで話してたはず。それなのに


「なんで初めて会ったみたいな反応なんだ?」


「え?私、お兄さんと会うの初めてだよ?」


 目の前の少女――カルラはきょとんとした顔で衝撃的な言葉を発した。

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