第55話 魔術

 ここに来てから数時間、俺は古代魔法文明時代の書籍とにらめっこしていた。というのも、やはり全く理解できないからだ。あの時もそうだったが、魔法の行使ができない。


「どうすればいいんだろ……」


 根本的何かが違う気がする。読むのもひと段落ついたため、アルノルトさんの様子を見に行ってみることにした。


「調子はどうですか……ってええ?!」


 アルノルトさんのいる部屋に行ってみると、彼は本を読みながら自身の周りに二、三個ほど小さな魔方陣を浮かべていた。


「お、カルラじゃないか。こっちは順調じゃぞ。そっちはどうじゃ?」


「アルノルトさん、古代魔法文明時代の魔法を使えたんですか……!」


「魔法というと少し違うが……まあ、書いてある通りにしたら使えるようになったぞ。この本によるとこれでも初歩的なものらしいがな」


 そう言ってアルノルトさんはガハハと笑う。なんでこの人はこんなにも簡単に使えてしまうんだ……?


「魔法と少し違うってどういうことですか?」


「ん?ああ、どちらかといえば魔法というより魔術に近いということじゃな」


 ふむふむ。


「魔法はマナを使ってイマージを具現化するじゃろ?じゃが、古代魔法文明の魔法は、自身のイメージをマナを込めた魔方陣にのせるといった感じじゃな。魔方陣を扱うという点では魔術に近いものがあるといったわけじゃ」


 あれ、俺が使えないのってもしかして……。


「とまあ、そんな感じじゃ。要件が済んだならさっさと出てってくれ。早く続きが読みたいんじゃ」


 アルノルトさんは邪魔者を追い払うかのように手を振る。さすが魔術オタク。彼の前では魔術以外のすべてが邪魔に見えるらしい。そんな感じで書斎を追い出された俺はエリシアの書斎に帰り、アルノルトさんに言われたことを反芻していた。


「魔術に近いものがある……」


 もしそれが本当だとしたら、俺ができない理由はそれの可能性が高い。だって俺魔術できないし。


「……頑張ってみるか」


 俺は棚に並んである数多くある本の中から魔術に関連のある本を何冊かピックアップした。


「これから読んでみるか」


 俺はその中から「新説・魔術概論」という本を手に取って開いてみる。パラパラと数ページめくって気づく。


「これ……ほんとに理解できるかな」


 最初のページから魔法陣の構成から書かれてる。まずそこから理解しないといけないらしい。うぅ、師匠との特訓が思い出される。あの時も結局理解できなかったんだっけ。あの時は無理だ、と早々に諦めてしまった。けど、これが理解できれば俺もっと強くなれる。そんな予感がする。


「まずは魔術の基本から……」


 俺は「新説・魔術概論」とのにらめっこを始めた。最初、読んでいても理解ができなかった。だから何度も読み返した。たった一つの文章を理解するために何度も、何度も読み返した。理解できたら次の文章へと向かう。たまに、自分の中で仮説が生まれれば少し試してみる。そうやって、自分の中での最適解を見つけていく。魔術だって学問だ。前世の受験期を思い出せ。


「調子はどうじゃ……って順調そうじゃな」


 数時間が経ち、アルノルトさんが俺のいる書斎に訪れてきた。そのころには、俺は自身の周りに複数個の魔法陣を浮かべていた。


「いや、現実はそんなに甘くなかったよ」


 実際、俺はこの状況から三十分ほど進んでない。どう頑張っても、古代の魔法を顕現させることができないのだ。最初の時みたいにそもそも何も起こらないというわけではないんだ。マナを集め、発動する直前までは行くんだ。けど、発動する直前、魔法陣が割れ、集めて現実へと物体を顕現させようとしたマナは空気中に霧散していくのだ。


「ふむ……やっぱりお主もそうなのか」


 アルノルトさんは顎に手を当てながら唸った。


「やっぱり……というと?」


「いや、儂もそれ以上出来なくてな。何かヒントになるものがあるんじゃないかと思ってこちらに来たが……。カルラも同じ状況ならわからんな」


 アルノルトさんでも出来ないのか......。それなら俺の技術が足りないってことではなさそう。技術じゃなく、なにか別の原因があるのだろう。


「とりあえず、お腹も空いてるだろうからこれを渡しておく」


 そう言ってアルノルトさんは乾燥したパン干し肉を渡してくれた。言われて初めて自分がお腹がすいていたことに気がつく。それほどまで集中してたんだな。


「ともかく、それを食べて引き続き頑張ってくれ。儂も頑張る。時間があったら古代魔法文明についても調べておいてくれ」


 そう言いながらアルノルトさんは部屋から出ていってしまった。


「……食べるか」


 俺はアルノルトさんに渡された食料に手をつけた。まずは乾燥したパンを食べてみる。


「かたい」


 乾燥したパンはいつも食べているふわふわのものではなく、中の水分が抜けていて堅いものとなっていた。仕方がないから干し肉の方を食べてみる。


「塩辛い」


 この世界に来てもう何年も過ごしてきたがこんなのを食べたのは初めてだ。普段の食事がどれだけ美味しいかを身に染みて感じる。しかもあの人飲み物を置いていかなかったし。マジックバックに入ってるから別にいいんだけどさ。


 俺は自分で取りだした水でパンと干し肉を流し込んんだ。これなら、自分でご飯を持ってくればよかったな。そんな後悔をしながら、俺は再び本とのにらめっこを再開した。

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