第37話 ぎゅっと

 後ろを向くと目の前に純白が広がっていた。それが魔物だと気が付くのに少し時間を要した。見上げると、綺麗な黄色いくちばしが見えた。


「クエェェェェェェェェ!!!!」


 鼓膜が破れる!急いで耳をふさぐが、それでも貫通してくる鳴き声。俺は近くで耳をふさいでいるアンナを抱きかかえ、『飛翔』で純白の魔物から距離を取った。数メートル離れると純白の魔物の全体像が見えるようになった。


「あれってシルキーウィング?」


 その魔物のシルエットは、森の中でよく見たシルキーウィングの子供と同じものだった。もしかしてこれが成体?


「にしてもでかすぎるでしょ!」


 聞いてた話と違うって!成体は大きいって確かに聞いてたけど、ここまで大きいとは思わなかったよ!しかも、あの愛くるしい瞳はどこ行ったんだよ!赤く光ってるじゃん!殺意しかないよ!


「あの、そろそろ降ろしてくれるかしら」


 忘れてた、まだアンナを抱きかかえたままだった。驚き過ぎて忘れてたよ。


「ごめんね、今降ろすから」


「別にいいわよ。……嫌じゃなかったし」


 アンナが最後の方何か言ったような気がしたけど、今はそんなことを気にしてる場合ではない。とりあえず、あの大きいシルキーウィングをどうにかしないと。


 手始めに『ウィンドカッター』を飛ばすが、シルキーウィングの身を軽く切るだけにとどまった。うん、防御力はあまりないみたい。あれでドラゴンみたいに硬かったらどうしようかと思ったよ。


 とはいえ、今回は素材が目的だ。どうやって倒そう。毛はあまり傷を付けたくないのだ。血でも汚したくないし。


 俺の横でアンナが剣を構えたが、俺はそれを制止する。


「今回は剣は微妙かな。あんまり素材を傷つけたくないし……」


 あんまり悲しそうな顔をしないでくれ。今回は相手が悪かったんだ。血を流さずに一撃で仕留める方法……。


「あ」


 思いついた。俺は、炎を召喚し、極限まで凝縮させる。そうすることによって、ガスの集合体を作製し、直径5cmほどの小さな疑似太陽を作り出した。とはいっても太陽程熱くはないが。それでも近くにあるだけで身が焼けそう。


「クエェェェェェェェェ!!!」


 シルキーウィングは木々をなぎ倒しながら進んでくる。俺はそのシルキーウィングの脳を貫けるように狙い、疑似太陽を発射した。


 俺が発射した疑似太陽はシルキーウィングに触れた瞬間から身体に吸い込まれていき、一本の空洞を作ってシルキーウィングの身体を通り過ぎた。傷跡は、疑似太陽が通ったそばから焦げていき、見事に出血を止めていた。


 絶命したシルキーウィングは辺りの木々をなぎ倒し、地面をえぐりながら慣性の法則に従って俺たちに突っ込んできた。俺は慌てて『マナ障壁』を張ってシルキーウィングを食い止める。


「ふぅ……」


「大丈夫ー?!」


 空から師匠と、師匠に抱えられたルリアーナがこちらに近づいてきた。


「大きな音が聞こえたから空に上がってみたら大きい白い魔物がいるし、それが一直線に道を作っていくし……」


「何とか倒せたよ。ドラゴンよりは簡単だったよね」


「これで、シルキーウィングの成体がいない理由が分かったわね。全員こいつにやられたのよ」


 師匠は説明し始める。


「多分こいつは変異種よ。たまにいるのよ、突然変異で強くなる奴。多分それがこいつ。ここら一帯のシルキーウィングの成体を狩りまくったんだろうね」


 要するにこいつが原因でこんなにも長時間この森にいなくちゃいけなかったわけだ。それにしても、ほんとに可愛がる暇なんかなかったな。それどころか身の危険を感じたよ。


「とりあえず持って帰ろうか」俺はシルキーウィングをマジックバックに入れて言った。


 ――――――――――


「それにしても、こんな大きなシルキーウィングを持って帰ってくるとは。なるほど……これが原因で最近討伐数が……」


 商業ギルドに持って行きフェリックスさんに事情を説明すると、フェリックスさんは興味深そうにつぶやいた。


「とりあえず、これでベッドは作れるんですよね?」


「ええ、三人で寝られる程のベッドは簡単に作れますよ。何なら、ベッドなんか何十個も作れるほどの大きさですよ!」


 フェリックスさんはアンナの問いに、喜々として答えていた。


「とはいっても、おそらくできるのは明日になりますかね……」


「え?」


 というのも、俺たちがとってきたのは「毛」であり、それを「糸」にして、「布」にしないとベッドは作れないんだそう。よくよく考えなくてもそうだよな。すぐできるわけがなかった。けど、シルキーウィングで作ったベッドは評判がよく、他のベッドでは味わえない不思議な感覚が味わえるらしい。その結果、高級な宿とかではよく使われているそうだ。


 今日はベッドで寝れないのか……。ほら、アンナが悲しんでるじゃん。あれ、アンナって……。俺はシルキーウィングと戦う前のことを思い出して、顔が熱くなるのを感じる。


「カルラ?なんか顔赤くない?」


「うるさいっ!さっさと宿を探すよ!」


 俺は誤魔化すように急いで商業ギルドから出た。その日は立食パーティーの時にお世話になった三人部屋がある宿に行って仲良く寝た。


 アンナの抱きしめる力がいつもより少し強かったのは気のせいだろうか。

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