第19話 決勝戦(1)
学期末テストの会場の隅で、2人の男が話していた。
「まずいっすよ、今のままじゃ相手が優勝してしまいますよ!」
男の片方が、もう片方に向かって叫んだ。叫ばれた方の男は、まあまあと感情が高ぶっている男を宥めた。
「落ち着けって。まだあいつが勝ったことが決まったわけじゃあない」
「けど、もし勝ってしまったら俺たちの生活が歪んじゃうっす!女子を優勝させたらダメなんですよ!」
「確かにそうだな。あいつは強い。同世代で最強と呼ばれていた俺よりもな」
「じゃ、じゃあ――」
「お前は落ち着くってことを覚えた方がいい。負けるとは言ってないだろう?いろいろと策は用意してある。いざというときはこれを使うしな」
そう言って男は小瓶を取り出し、中の液体を揺らして見せた。薄紫色の液体は揺れるたび、怪しげな光を放っていた。
「見てろよ、カルラ・クライシス……。世間はそんなに甘くないっていうことを思い知らせてやるよ」
――――――――
決勝戦は、それまでの試合があった日の翌日に行われる。万全な状態で決勝戦に臨んでほしいからだそうだ。俺はルリアーナと別れた後、しっかりと休養を取り翌日の決勝へと臨んだ。
俺は待合室で少し緊張していた。おそらく、何の問題もなく勝つことはできるだろう。自惚れているわけではないが俺は強い。けど何だろう、この胸のざわめきは。何かがおかしい気がする……。
「もう時間か……」
悩んでいると、決勝戦が始まる時間になっていた。
「ふぅ……」
俺は大きく深呼吸をし、会場に続く扉を開けた。会場に足を踏み入れると、やはり何か違和感を感じた。けど今はそんなことを気にしてる場合じゃない。今から始まる戦いに集中しないと。
「おやおや、俺の対戦相手がこんな可愛らしいお嬢さんだとは思いもよらなかったなぁ。この戦い、よろしくお願います」
目の前の男はそう言ってお辞儀をした。しかしその顔はずっと笑顔が張り付いていて気味が悪い。この男の名前は、エニス・エルドラウルフと言って、今年の新入生の中で、2番目に強いといわれている人だ。
「……よろしく」
返したくはなかったが、あいさつをされて無視をするっていうのは日本人としてのポリシーに反するため一応返しておく。
こいつと同じ空間にいるのはなんだか嫌悪感を感じる。さっさと終わらせてしまおう。
「決勝戦、開始!」
俺はその合図と同時に、炎の球を十数個展開してエニスに向けて放つ……つもりだった。しかし、結果として俺の放ったマナはまとまらず、魔法となる前に霧散した。
「なっ……」
何故だ?何かミスったか?俺はもう一度魔法を発動させようとするが、やっぱり失敗してしまう。
「あれぇ?何もしてこないのならこちらからいくぜ?」
そう言って、エニスは巨大な氷の槍を作って俺に投げてきた。俺は咄嗟に『マナ障壁』を展開し、それを防ぐ。
「どうしてって顔をしてるなぁ?よっと」
そう言ってエニスは自身の服についているアクセサリーの一つをひねった。その瞬間覚えのある感覚が身体を襲った。これは……『
「この会話を周りに聞かれるとまずいからなぁ」
「そんなの、音がないことに周りがすぐ気が付く!いつまでもこの魔法が維持できると思うな!」
「いや、そんなことはないと思うぜ?この魔法は遮る音を指定できるんだ。正確には魔道具の効果だから俺の魔法じゃないけどな」
周りを見てみると、確かに不思議がっている様子はない。
「で、話しを戻すが……。なぜ魔法が使えないか不思議だろう?それはこの魔道具のおかげだよ」
そう言ってエニスは右手にはまっている指輪を見せつけてきた。その指輪は真ん中に小さい宝石が埋め込まれており、宝石からは禍々しいオーラが漂ってた。
「この魔道具はなぁ、周囲の魔法使いが魔法を使えないように妨害する魔力を発し続けるんだ。色々制約があるがな。しっかし、なんで『マナ障壁』が使えるんだ?普通なら魔法なんか一つも使えないはずなんだがな……」
考えろ……。なぜ最初の魔法は使えず、『マナ障壁』は使えたのか。相違点はなんだ……?
「まあいいや、ずっと攻撃し続ければマナがなくなって『マナ障壁』も使えなくなるだろ」
そう言って、エニスは氷塊を俺に飛ばしてきた。
俺は唯一発動できる『マナ障壁』で攻撃を弾きながら考え続けた。あいつの言った言葉を反芻しろ。あの魔道具の効果は何だったか?魔法が使えないように妨害する魔力を発し続ける……。ん?そういうことか!
俺は『身体強化』で自身を強化し、エニスを殴りつけた。急に殴られたエニスは辛うじて『マナ障壁』を展開しての攻撃を防いだが、その顔には、驚きの表所が浮かんでいた。
「なぜ、魔法が使える!なぜだ!」
「簡単だよ、その魔道具は妨害する魔力を発するんだろう?ならばその魔力に妨害されなければいい」
本当に単純なことだった。俺が『マナ障壁』を発動できて、最初の炎の球が発動できなかった理由。それは、魔法と身体の距離だ。『マナ障壁』はの周囲に展開する。つまり、身体と魔法が具現化する地点の間の距離はとても短い。だからエニスの魔道具が発している魔力によって妨害されずらい。
しかし、最初に発動しようとした炎の球はその魔法の性質上、身体から一定の距離を空けなければならない。だから魔力による妨害が起こり、魔法が失敗する。
「つまり……」
俺は掌に雷をボール状にして、エニスの身体に叩きつけた。
「くっ!」
「こうすれば魔法が普通に使えるってことだよね」
とはいえ、こうやって魔法を使ってもさっきのように『マナ障壁』で守られてしまうだけ。どのみち、あの魔道具は壊す必要性があるな。
俺はステップやフェイントを混ぜ、エニスに対して殴り続けた。エニスは素早く距離を取ろうとするが、そうはさせない。離れたらすぐに追撃して、攻撃する隙を与えさせない。
俺は突然足払いをエニスに仕掛けた。エニスは突然のことに対応しきれず、転倒した。俺はすかさず、エニスの右手についている指輪を見つめ、全力で殴りつけた。
それが殴りつけた指輪は、パリンという音とともに粉々に砕けた。途端に身体にあった違和感が消え去る。
「ぐっ……!よくも壊してくれたな!」
そう言って彼は俺から跳び退いた。
「俺は負けるわけにはいかねぇ。こいつだけは使いたくなかったが……」
エニスは、懐から小瓶を取り出した。その小瓶には薄紫色の液体が入っており、なんだか妖しいオーラを纏っていた。その液体をエニスは飲んだ。
「ここからが本番だ!!!」
エニスはそう叫んだ。
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