幕間 アンナ・クライシス
アンナ・クライシスはシルトヴェルト共和国の名家、クライシス家に女子として生を受けた。クライシス家は代々剣士の頂と呼ばれる『剣聖』を輩出してきた名のある家系だった。
そんな家に生まれたアンナは物心がつく頃には剣を握っていた。両親も微笑んで、彼女の成長を見守っていた。所詮は女子だ。男子である長男には勝てるわけがない、と。
だが最悪なことが起こってしまった。アンナは齢5歳にして5歳離れている兄との剣の模擬戦に勝利してしまった。最初は、まぐれだと周囲は馬鹿にした。しかし、アンナの剣の腕前は次第に周囲の期待を超えていった。彼女の身体能力や反射神経は非常に優れており、剣術の才能も抜群だった。最初は接戦だった兄との模擬戦も、次第に一方的な試合となってしまっていた。
クライスト家の人間は焦っていた。アンナは女子だ。女子が『剣聖』となることはあってはならない。それに、長男にもよくない。「クライスト家の長男は女子に負けるほど弱い」など、外聞が悪いにも程がある。
そのためクライスト家は、アンナを部屋へと閉じ込め、世間には彼女の存在を隠した。しかし、彼女は剣を諦めることはなく、剣を振り続けた。
それなら、とアンナから剣を取り上げた。しかし彼女は諦めなかった。剣がなければ、その代わりのもので素振りをしたのだった。
クライスト家は最終手段として、彼女の部屋から女性の生き方について記された書物以外をすべて奪った。これではさすがの彼女でも剣を振ることはできなかった。
さすがに彼女も諦め、本を手に取って読んだ。タイトルは『女性のススメ』であった。本を読み終わったアンナは今の世の中への不信感を抱えていた。この本に書かれているのはすべて、いかにして男性のために身を尽くせるかということだった。
女性は自由に生きてはいけないのだろうか。なぜ生まれながらにして生きる道を制限させられなければならないのだろうか。そう考えると、親に反抗したくなった。気が付いたら体は動いていた。
この部屋では剣は振れない。素振りはできない。では何ができるか。そう考え、基礎的なトレーニングをひたすらした。ひたすらに身体能力と反射神経を鍛え続けた。
そんな月日が経ったある日、このままではこれ以上成長できないとアンナは感じた。その日の夜、彼女は手紙を一つ残し、一振りの剣とともに消えた。手紙には、自身の道を切り開きに行くという旨の文章が書かれていた。
家を出たアンナは森に籠り、修行をした。森の動物を狩り、その肉を食らい生活をしていた。動物を狩っては、剣を振り、肉を食らう。そんな生活をしていると、神の代行者を名乗るものが現れ、彼女に『神眼』を与えた。そして、冒険者学校に入るように促された。そこに彼女の人生を左右する存在がいるとも。
アンナは数年ぶりに家へと帰った。冒険者学校に入学するためには、親の許可が必要なためだ。許可は下りなかった。当然だ。アンナは親を無視し、家を出て行ったのだから。今更、親としての責務を果たせなど、虫が良すぎる。
彼女は、一つ条件を出した。親と戦い、勝てば許可を出してほしいというものだった。もちろん普通に考えれば勝てる相手ではない。クライスト家は代々剣聖を輩出してきた家だ。彼女の親も例外ではない。しかしアンナには一つだけ勝算があった。それは『神眼』だった。
『神眼』は簡単に言うと『自身に起こる事象の1秒先が見える』というものだった。その『神眼』を頼りにアンナは対戦に臨んだ。剣聖相手によく戦った。だが結果は惨敗。いくら『神眼』を持ったとしても敵う相手ではなかった。
その日彼女は家に泊まった。疲れ切った身体で外に出る気にならなかったからだ。家にいるときの居心地は良いものではなかった。
翌朝起きてみると、隣に手紙が置いてあった。手紙には、お前の生き方を認めるわけではないが、覚悟は認める。その手で己の道の正しさを証明してこいとの旨が記されていた。
家は首都アンベルクにあったが、そこの冒険者学校に行くと家から行くことになるので、少し離れたヘルゲンの冒険者学校に行くことになった。
そこでアンナはカルラと出会うことになる。初めての出会いはヘルゲンの外だった。門を通してもらえるまで待っていると、山賊が人質を取るという騒ぎが起こった。アンナが人質を助けようと前に出たところ、自身にマナが流れ込んでくることを感じた。何かの攻撃かと思い、『神眼』を使い確認したところ、観衆の一人である少女が手助けしてくれていることが分かった。
そのおかげか、普段よりキレのある剣を振ることができた。解決した後、少女にお礼を言おうと思ったが、少女はいつの間にかいなくなってしまっていた。
翌日の入学試験の時にその少女を見つけることができた。彼女の名前はカルラというらしい。
入学した後、カルラと彼女の友達であるルリアーナとともに冒険者パーティーとなった。
ある日彼女たちはサイクロプスと対峙することになる。アンナはサイクロプスに斬りかかるも剣は効かなかった。
「アンナ、少しの間あいつの動きを止めてられる?」
その言葉を聞いたとき、カルラはこの状況をどうにかしてくれると思った。そして結果は想像以上のものだった。カルラは魔法でサイクロプスの首を両断してしまったのだ。アンナがどれだけ斬っても致命傷を与えられなかったサイクロプスを、だ。
「それじゃあ、帰ろっか」
そういった彼女の顔は微笑んでいた。
翌日、アンナは学校でいじめを受けていた。その原因は、アンナの冒険者ランクが周りより高くなったこと。普通は些細なことだ。だがそんな些細なことでも女性にとっては大問題となる。
女性が男性より優位に立つのはこの世界ではあまり受け入れられない。その結果、アンナはいじめられていた。それは放課後に激化した。
授業中は数が少なかったため、無視ができた。だが放課後になった今、彼らを止める者はいない。最初は無視をしようとした。だが、多勢に無勢。さすがのアンナでも数の暴力には逆らえない。
本当は逃げたかった。でもプライドが邪魔した。ここで逃げてどうするのか。アンナは立ち向かおうとした。その時――
「アンナ、行こう」
いつの間にか、カルラはアンナの手を引いていた。
気が付いたら事は進んでいた。体育館に移動していて、男たちは地面に伸びていた。
「これに懲りたら”
その言葉だけ、やけに印象に残っていた。
そのあと私たちは職員室に呼び出されていた。先程の件だ。教師の計らいで問題にはならないそうだ。
「その、、、ありがとう。助けて、くれて」
「ああ、いいのいいの。私が許せなかっただけだし」
そう言って微笑む彼女は眩しかった。それと同時に胸の奥が温かくなった。
彼女がそれに気が付くのはまだ先の話――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます