第十九話 静かな闘志
暴走した旅行客の攻撃を利用しつつ、窓をブチ破ってホテルから飛び降りる。
咄嗟のレアの機転――というのはあまりに無茶な方法で窮地を脱した織笠は、マイアを抱きかかえたまま林の中まで逃げていた。
この辺りはアミューズメントエリアから北にある、未開拓のエリアだ。全体が娯楽で構成された島にあって、ここだけが未だ手付かずなのはきっとこの先にある重要施設との区分けのためだろう。スタッフ専用の通路らしきものはあるものの、辺りは鬱蒼としており、これはこれで島国らしい景観を残しているかのようだった。
「危なかったですね……」
一息つく織笠。ここまでくれば、そう簡単に見つかる心配はないだろう。
林の外では、けたたましい轟音が続いている。きっとカイたちの戦闘音だ。ときおりよく知った残留マナが、こんな離れた距離にまで流れ込んでくる。
「民間人に危害は加えられんからな。とはいえ、緊急時はE.A.Wの使用も認められている。あっちは、そうせざるを得ない展開になったんだろう」
額にかいた汗を拭い、レアはホテルで使用していたPCを再び取り出す。この島のマップと現在地を確認している。
「これからどうしますか」
「お前が決めていい。現場の判断はインジェクターに一任するものだろ。私はあくまでサポート役だ」
ふっと穏やかな笑みを浮かべて、レアは言った。織笠はぐったりとしたマイアを横目に見る。幾分顔色はマシになったようだが、今度は体力面が心配だ。慎重に事を進めたいが、彼女の体調を考えれば悠長にしてもいられない。
「レアさん。あの精霊干渉波は集中管理エリアから出ているんですよね?」
当初の目的通り、こちらはこの強力な波動を除去することに専念すべきだ。そして、子どもたちを助け出す。
レアは画面を織笠の方に向け、指でなぞりながら説明する。
「間違いない。今いるのはここ。少しずれてしまったが、逆に好都合だ。このままさらに北に行って林を抜ければ、集中管理エリアに着く」
拡大された島の一画が、赤く明滅している。北端の岸壁に近い部分だ。
「おおむねは島を維持するための施設ばかりだが、ひとつだけ用途不明な場所がある――それがここだ」
七霊夢アイランドは天候や気温を安定させるため、全て人工的な精霊を駆使して賄っている。煉原がいかにしてそのようなパイプを作ったのか定かではないが、優秀な技術者によって建てられた発電所や精霊造成工場が密集している。
レアが指し示した部分は、その中でも一際小さい建物だった。
「問題の精神波はここから出ている。建物自体がアンテナの役割を持っているのか、発信そして拡散している」
「攫われた子どもたちもそこに……」
画面を睨みつけながら織笠は呟く。
精霊干渉波が出始めてからかれこれ三十分ぐらい経つ。精霊を持続的に放出するのは心身に相当な負荷がかかる。増して、これだけ高出力だ。力の安定しない子どもたちの安否が気がかりだ。
「なら、当初の予定通り、カイさんたちには煉原を。俺たちはこの施設に突入しましょう」
織笠の胸元でマイアがもぞっと動いた。まるで眠ってしまったかのように静かだった彼女が、居心地悪そうに身じろぎを繰り返す。
「すみません。そろそろ下ろしてくれませんか」
「それは構わないけど……大丈夫なのかい?」
「……はい。苦しいのは、むしろ織笠さんの力が強いからなので」
「あ、ごめん」
慌ててマイアを地面に下ろす。大事に守らなければという想いから、知らず知らずのうちに腕に力を込めすぎていたらしい。
子ども扱いが不服だったのか、マイアは拗ねた表情でそっぽを向いている。が、耳は何故か真っ赤になっていた。
「気分は? 干渉波の発生源がかなり近いけど」
「平気……みたいです。どうしてか分かりませんけど」
口にした自分が一番不思議そうに、マイアはゆっくりと呼吸を重ねている。心なしか顔色も戻ってきていた。
「君はどうする? ここでレアさんと隠れていれば安全だけど――」
「嫌です」
マイアは大きくかぶりを振った。
「あの子たちは私を待っているんです。この手で見つけて救わないと意味ありませんから」
マイアは頑なだった。彼女の意志の強さを知った上で敢えて確認した織笠は苦笑する。
「分かった、行こう」
「私はここで中継役をしよう。カイたちの方も気になるしな」
「一人で大丈夫ですか?」
「私をなめるなよ。なぁに、いざとなったらさっさとトンズラこくさ」
「ですが――」
科学者とはいえ、戦闘技術はそこらの精霊使いよりも高いレアだ。容易くやられることはない。むしろ織笠が心配しているのは、調子に乗って無茶をすることだ。戦うことが意外と好きだったりする性格なためにハメを外さないか心配なのである。
「いいから、さっさと行け。でないと間に合わなくなるぞ」
こちらを追い払うように手の平を返すレア。
「分かりました。それじゃ行こう、マイア」
織笠は立ち上がり、マイアに手を差し伸べた。
マイアは力強く頷くと、何の迷いもなく織笠の手のひらに自身の指を乗せ、しっかりと握りしめた。
「救おう、必ず。皆を助け出して、平穏な未来を過ごすことの出来るように」
「はい」
二人は勢いよく地面を蹴った。
青年と少女の遠ざかる背中を、レアは温かい眼差しでいつまでも追っていた。
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