第十ニ話 譲れない決意

『ビンゴですわ』


 インジェクターB班のオフィス。織笠たち全員が各々のデスクに座り、報告を受けていた。

 声の主は同じ階にある取調室から。部屋中央でゆっくり横回転してする平面ホログラムには見目麗しい女性の顔が映し出されてる。

 C班のリーダーであるメディエラだ。

 自分を磨くことに余念がない彼女は、透き通った金髪をふんわりと巻き、持ち前の美貌からさらに化粧を施して妖艶さを醸し出している。


「やはり、そっちが追っていたホシで間違いなかったんだな」


 カイの言葉に、メディエラは上機嫌に目を細めた。


『ええ。ただ残念なのは、三人が三人共“記憶にございません”なんて大昔の政治家のような台詞を吐いているとこですけど』

「一応訊くが、虚偽の可能性は?」

『まず有り得ないでしょう。口裏を合わせていたとしても、こちらにはマナの揺らぎを計測していますもの。――三人とも嘘の証言はなさそうですわ』


 C班が担当していた連続児童誘拐事件。その容疑者が、昨晩織笠の捕えた三人だったのだ。関連性から見て、マイアの誘拐事件と繋がりが強く、協力体制を敷いていた。目撃情報や監視カメラの映像から特徴が一致する部分が多く、彼等をC班に身柄を引き渡したのだが、どうやら正解だったようだ。


『よくやりましたわね、織笠零治。C班を代表して感謝いたしますわ』

「いえ……」


 褒め言葉とは裏腹に不満げな声色なのは、手柄を横取りされた安易な嫉妬心からでは決してなく。

 彼女はC班の地位向上を第一に考えている。A班やB班のように常に成果を出し続けていることを比較し、常日頃から悔しさを感じているのだ。周囲からすれば自らを過小評価しているに過ぎないのだが、現状で満足しない性格こそ、メディエラがリーダーたる所以だ。

 だから今回も、自らの不甲斐なさに腹を立てているのだけなのだ。


「……それじゃあ、彼等にも主犯格に繋がる手がかりはなし……ということですか?」


 織笠が訊く。メディエラは頬を緩ませた。


『そうでもありませんわよ。彼等自体に何の接点はないものの、とある共通点が見つかりましたの』


 画面のメディエラが消え、映像が切り替わった。三人の全身走査データが3Dで表示される。肉体から骨格、精霊の属性、マナ保有量――膨大な情報が含まれる中、そこには人体では絶対あり得ないものが映り込んでいた。


「これは――!」


 カイが息を呑む。

 三人の下腹部に、直径十センチほどの黒い影があった。腸の上に被さっているところから腫瘍と言い難く、綺麗な立方体のそれは人体に通常ありえない物質だった。


「爆破装置か……!」

『そう。そちらの報告にあった剣崎と同型の体内爆弾ですわ』

「製造元は? まさかもう割り出したのか?」


 前のめりになってキョウヤが問う。映像がまたメディエラに戻ると、満足気に胸を張って言った。


『当然ですわ。ここで遅れを取り戻さないとC班の名折れですから』

「さすがフットワークの軽さは三班随一だな」


 カイの賛辞に、画面越しでもはっきりわかるほどにメディエラは頬を赤らめる。


『爆破装置なんて危険な代物、扱っている場所など限られます。都内の解体業者はそう多くありませんし、厚労省からアクセスすれば一発でした』


 家屋やビルの解体は一般的に炎や大地の精霊使いが行うのが主流に変わり、爆破装置を使う会社はめっきり減ってしまった。それでもいまだ製造を行いつつ、経営していくとなると中小規模の小さな会社に限られる。さらに精霊を使わないとなれば、人間のみで構成された会社。そこにC班は目を付けたのだ。


『まさか業者側も人体に使われると思っていなかったのか、しっかり刻印が打ってありました。そこから依頼者も判明いたしましたわ』


 さらに映像が切り替わる。今度は男の写真だった。

 見た目は四十代前半。黒髪を額に撫でつけたエリートビジネスマンといった風貌。鋭い目つきがいかにも理知的だ。


『名は煉原浄偉れんばらじょうい。来日歴は十年と浅いものの、今最も注目されている“七霊夢アイランド”のオーナーです』

「七霊夢アイランド……?」


 織笠が首をひねる。


「レイジ知らない? 最近、ワイドショーとかでもよく取り上げられてるよ。南の海にある、精霊使い専用の超大型リゾート地だよ」


 仕事の忙しさからテレビなどをほとんど観なくなった織笠は、真向かいにいるアイサにかぶりを振った。


「え、でもこの人が真犯人ってことっすか? マジで?」


 アイサが説明しながらも驚きを口にする。


「インタビューとかで実際の映像観ましたけど、誠実そうな感じだったのに」

『裏の顔は誰でも持っていますわ。ちなみに、属性は闇。向こうの世界ではどんな生活を送っていたとかは不明です。まあ、正規としてこちらでは登録されていますし、優秀ではあるんでしょうけど』

「精霊使いとしての能力よりも、事業家としてのスキルの方が高いのかもしれんな」


 カイの感想に、メディエラが深く同意する。


『ですわね。以前はただの無人島に過ぎなかった孤島にいち早く着目し、リゾート開発を成功させたのですから。来日歴からいっても、適応力は凄まじい。頭は最高にキレるんでしょう』


 精霊使いによっては、この国の先進技術に魅了されて科学の道に進む者も多い。レアなんかがそうだ。それとは別に、精霊しか操れない人種が一から事業を展開する例は滅多にない。起業家になるとしても、学問を学んだり人間の経営者の下で働いて知識を養うという途方もない努力が必要なのだが、煉原にはそんな経緯もなさそうだ。


「ほら、レイジこれだよ」


 カイとメディエラが会話をしている横で、アイサが織笠に手招きしていた。アイサが自分のPCに七霊夢アイランドのトップページを表示させているのを、織笠は席を立って覗き込みに行く。

「すごっ」と、思わず口にする織笠。新設のリゾートアイランドはまるで、南国のような輝きと陽気さに満ち溢れていた。

 ストレイエレメンタラーの巣窟であるストレイ区画にも、こういった人々の心を篭絡させるような歓楽街が存在するが、こちらはいかにも健康的で爽やかなイメージが写真からも伝わってくる。


「んまぁ、ほんの数年前まで癒し的な開放空間なんて存在しなかったんだ。そりゃ皆こぞって行きたがるわなぁ」


 精霊使いでも初期からこちらの世界にいるキョウヤがしみじみと呟く。

 近年の精霊使いの増加で環境が改善された一方、弊害はあらゆるところに棲む。他属性の精霊使いや人間との摩擦で精神をすり減らして、病を患う事例は後を絶たない。セラピーやメンタルケアは充実してきているものの、ここまで大規模な療養施設はまずない。

 観光宿泊料は目を見張るものの、大金をつぎ込んででも行きたくなるのは必然なのかもしれない。さらには経営者である煉原の空間演出力。開業するにも莫大な資産がいるだろうに、益々煉原という人物が謎でならない。


「予約は半年先まで埋まってて全然取れないですね。疑似太陽も設営してるから、年中暖かいのもポイント高いみたいですよ」

「こんな場所が、今あるのか……」


 織笠が唸る。これで嫌疑がかかっていなければ、もっと感動できただろうに。


「であれば、ですよ。剣崎の空白の一ヵ月は……」

「間違いないと言っていいだろう。この男に出会った期間ということになる」


 ユリカの言葉に、カイは重々しく頷く。そこに待ったをかけるように、キョウヤは怪訝な表情を浮かべる。


「でもよ、爆弾を埋め込まれてまで付き従うか? フツー」

「契約の代償……とも思えるが、どうだろうな。剣崎はほかの三人とは少し違う。精神が触れていたにしても、自我はあった。まるで、盲目までの信心っぷりというか……」

「だからこそかもしれません。煉原という人間に触れ、その思考に傾倒していったのではないでしょうか」

「崇拝していた……と? まるで神のように」

「かもしれません。なら取り調べのときの言動にも納得がいきます」


 ユリカが確信を持ったように断言する。

 織笠は取り調べ室の様子を録画で見たが、確かに剣崎の言葉は敬虔な使徒そのものだった。死を恐れてなんかいない。自分が自爆することすらも理解した上で、望んだ結末のような気がした。


「だが、こいつが容疑者だとして……だ。マイアを狙う理由はなんだ……? いや、マイアだけじゃない。児童たちを誘拐して何の意味が……」


 こめかみを指で揉みながら、カイは煉原の写真を睨む。


「それは……」


 ユリカも困った様子で視線を落とした。アイサも無言でかぶりを振っている。

 しばらく沈黙が続く。

 マイアの能力は他に類を見ない。あの力を利用して、何を得ようというのか。しばらく考え込んでみたが、情けないことに一向に答えは出なかった。一つ言えるのは、利用するからには向こうサイドはこちらよりもマイアの価値を理解しているということだ。

 ならば、と。織笠は意を決して言った。


「でも間違いなくクロなんですよね。なら、直接会うしかないのでは?」


 古典的な方法ではあるが、容疑がある以上、踏み込んで然るべきだ。


「そうだな。すぐにでも七霊夢アイランドへの船を手配しよう。一般客を驚かせてもマズイから行動は慎重にな」

『B班全員での出動となれば、東京の方は手薄になります。ですけど、そこは私たちにお任せ下さいな。他にも誘拐犯はいるかもしれませんし』

「ああ。よろしく頼む」


「それでは」と、にっこり笑ってメディエラが画面の向こうで軽く手を振る。

 通信が終了した。空間投影されたホログラムも消失し、精霊の残滓がほのかに残り空中で霧散する。

 室内に再び照明が灯る――そのときだった。

 控えめなノックの音が、室内に小さく響く。

 インジェクターの権限は最高ランクにあり、一般職員でさえ立ち入りは許されない。許可されているのは別班の仲間か、レアくらいなもの。スタッフでさえ通信機器のやり取りで事は済むし、来客というのもまずあり得ない。

 全員が目を丸くして、それぞれ顔を見合わせる。


「――はい」


 緊張を孕みながら、織笠が扉を開く。

 そこにいたのは、硬い表情でうつむく銀髪の少女だった。


「マイア! ど、どうしてここに!?」

「すみません。レア先生から織笠さんはここだと聞いて」


 治療中であるはずの彼女が忽然と現れたことに戸惑う織笠。しかも入院着を着たままだ。そんな格好でこの精保をうろついていたらしい。


「意識を取り戻したのか! そ、それよりも身体の方は!?」

「はい。ご心配をおかけしました」


 丁寧に頭を下げるマイア。と、同時にタイミングよく織笠の手帳型デバイスにレアから連絡が入る。体調面、精神面と共に問題ないとの診断から自宅に連れ帰って問題ないとのことだった。

 ひとまず織笠は胸を撫でおろす。


「そっか、それなら良かった。じゃあ、もう少しだけ待っててくれるかな。もうすぐ一段落だから」

「はい――あの」

「ん?」

「すみません。入ろうとしたら、皆さんの会話が聞こえてしまって」


 マイアが織笠を見上げてくる。その瞳に宿る微細な輝きに織笠は妙な不安を覚えた。どこか気弱で澄んだ光が、今は力強い輝きを宿している。


「――分かったんですよね? 私を攫った犯人が」

「あ、えっと……」


 マイアは今回の事件の被害者。そういう認識でいる織笠は答えに窮した。年齢的な面で言っても安易に情報を本人に伝えるのも刺激が強いと考えたのだ。


「どんな方、ですか?」

「それは……」

「――失礼します」


 そう断りを入れて、マイアが織笠を押しのけるようにして室内に入る。


「あ、おい!」

「見せて下さい。どんな人ですか」


 面食らうB班をよそに、マイアが一番近くにいるアイサの方に近寄る。そして、PCに表示された煉原の顔を凝視する。


「マイア!!」


 織笠が慌てて駆け寄って、マイアの肩を掴む。


「どうしたんだ、いきなり!」

「マ、マイアちゃん……?」

「…………」


 食い入るように見つめて、こちらの呼びかけにも無反応なマイア。そんな彼女の様子を眺めていたカイが席を立つ。


「まあ待て、レイジ」

「カイ……さん?」


 カイがそっと近づき、織笠を宥めるように肩に手を置く。織笠は無意識に強く握っていた手の力を緩めて、滑るように腕を降ろす。


「……この男に心当たりは?」

「……ありません」

「全く、見たことも聞いたこともない?」

「はい」

「ちょ、カイさん!」


 抗議する織笠を気にも留めないカイ。常識派のカイが何の迷いもなく情報を開示するとは、驚きを通り越して織笠は呆気に取られてしまう。


「でも、だからこそ気になります」


 小さく、マイアが呟く。


「え?」

「私の力をこの人は欲しがっている。それがどうしてなのか……私は知りたい」

「それは……」

「詳しい部分は調査中だ。君も含め、他の誘拐事件もこの男の指示の元、動いている可能性が高い。……しかし、君の言う意味は、そうじゃないんだろう?」

「私は知らなくても、この人は私の存在を知っている。存在だけじゃなく、この能力も、私のなにもかも。利用としているなら尚更、前の世界から狙いをつけていたのではないかと」


 一理ある、と織笠は少女らしからぬ分析に驚きを示す。彼女の憶測は一部当たっているかもしれないし、違うかもしれない。犯人側が目的を果たすための単なる道具、としか考えてない場合だってある。被害者である彼女にしてみれば、主観で判断してしまうのは致し方ないが。


「要するに君は自分が何者なのか、はっきりさせときたい……ということだな。で、どうする?」


 マイアの真意に気付いているのか、カイは敢えて彼女自身に答えを促す。悪い予感がする――マイアが口を開く、その一瞬の間が異様に長く感じられてしまう。


「直接会って確かめたい」

「マイア!」


 的中だった。半ば非難するように彼女の名を呼ぶ。


「おいおい……」

「参りましたね、これは……」


 苦笑交じりに頭を抱えたのはキョウヤとユリカだ。


「私も連れて行ってください、その島に」

「ダメだ、危険すぎる!」


 声を荒げても、マイアの頑なな表情は崩れなかった。

 一夜の間にどんな心境の変化があったのか。急激な積極性に、理解が追い付かない。


「レイジさんは言いましたよね。今後の身の振りは自分で決めろと。それにはやはり自分自身をちゃんと知ってからだと思うんです」

「だからといって、君が行く必要はないだろ。煉原の狙いは俺たちが突き止めるし、君はゆっくりしてていいんだよ」


 必死に説得するも、ぶんぶんと大きく首を横に振るマイア。決意は固いのか、瞳には一切の怯えもない。


「……どうする? リーダーさんよ」

「ふむ……」


 キョウヤに問われ、カイは顎に手を当て考え込む。というか、織笠にしてみれば悩む必要などないだろうに、という苛立ちを込めた視線を送る。


「彼女は保護対象だ。それを放っておくよりも傍に置いておいた方が逆に安全なんじゃないか」

「カイさん!」

「レイジの気持ちも分かる。しかし、まだ煉原の仲間がどれだけの人員を要しているかも掴めていないのも事実。精保に閉じ込めておいても、万が一ということがある」

「ですが――」

「別班に支援を仰ぐにも、それぞれ事件を抱えていて余裕はない。精霊警備員も心許ない。ならば、自分たちの目の届くところに置いていた方が何倍も安心だろ。それともなにか? お前は彼女を守る自信はないか?」

「…………ッ」


 真剣な表情でカイは織笠を見据える。


「そんなことありません」


 強く断言する織笠。カイの頬が緩む。


「お前も立派なインジェクターだろ。なら請け負った任務の責任はきっちり果たせよ」


 はい、と脱力しながら織笠は返答する。納得など到底していないが、インジェクターとしての資質を問われてしまうとなると、織笠も譲るわけにはいかない。カイたちを失望させられないし、何より織笠にもインジェクターにこだわる理由があるのだから。


「やれやれ。強情なのは誰かさんと似てるよな~」

「な、なにがですか」


 キョウヤが織笠の肩に腕を回し、意地の悪い笑みを浮かべてくる。


「一旦言い出したら聞かないのはお前さんも一緒だろってことよ。素人のくせにどんな事件にも首を突っ込んできて、お兄さん困っちゃった経験山ほどあったな~。あー、懐かしー」

「ぐ……」


 それを突かれると痛い。過去の事件で、織笠も今のマイアのように己を顧みず犯罪者と戦ったことがある。先輩方には迷惑をかけたと、織笠も自覚はしているのだ。周囲を見渡すと、ユリカやアイサもニヤニヤと笑みを浮かべている。

 織笠は顔を紅潮させて、やがて諦めの溜息を吐く。

 カイの正論よりも何倍もある効力のある後輩イジリに、織笠は折れるしかなかった。



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