第六話 眠り姫~Sleeping beauty~

「精霊保全局だ! 全員その場を動くな!」


 カイが発砲と同時に警告。突然の銃撃に、誘拐犯グループに動揺が広がる。

 どうやら何かトラブルがあったようだ。

 彼等の取引現場に辿り着いた時点で精霊の発動を確認。実行犯の一人が火だるまになって海に落ちていった。交渉で揉めごとを起こしたのか。はたまた裏切りか。そんな素振りはまるで感じられなかったが。ともあれ、これで強硬手段に打つことが出来た。

 カイの銃撃を皮切りに、彼の背後から織笠が飛び出す。その場にいたのは全部で五人。腰を抜かしていた若い男たち数人は悲鳴を上げながら一斉に逃げ出した。その先に、キョウヤとアイサが待ち受けているとも知らずに。

 そちらは放っておいて問題ない。二人の網にかかるだけだ。

 残ったのは取引相手と思われるトレンチコートを着た男。

 唯一インジェクターの突撃にあまり動じなかったこの男に織笠は狙いを定める。低い姿勢で織笠は右手に握った純白の剣――“セクメト”で斬りかかる。どうやらトレンチコートの男は炎の精霊使い。どうやら実行犯の一人を殺したのはコイツらしい。両腕全体に炎を付与した男は純白の剣の斬撃を受け止めた。


「ぐおッ……!」


 セクメトの威力に押され、よろけるトレンチコートの男。ぐらつきながら、しかし反撃に出る。一旦距離を取り、生み出した数発の小さな火球をこちらに放つ。濁ったような赤は練度として低い証拠だ。速度も大したはことない。織笠は即座にもう一つのE.A.Wである漆黒の銃――“タナトス”を抜き、引き金を絞る。大して力も込めていないものの、易々と相殺される炎。これにはトレンチコートの男も明確に驚愕の表情を浮かべた。

 二属性持ちの織笠に相対した大概の精霊使いはまず驚きから入る。

 その能力自体、稀有なもの。しかも陽と闇は精霊六種においても特殊な位置に属する。相克関係にあるこの二つともなれば、存在すら奇跡なのだ。

 だから、その油断が、織笠にとっての勝機。隙をみせた時点で勝敗は決まっている。

 トレンチコートの男の懐へと潜り、織笠は肘鉄を腹に叩き込む。悶絶しながらも、それでも男は抵抗を止めようとはしなかった。やぶれかぶれに炎をまとった拳を振るうも、虚しく空を斬るだけ。織笠の姿はどこにもない。目視すら困難な速度で男の背後に回っていた。

 銃口が背中に触れる。


「この、バケモノが……ッ!」


 タナトスの銃身が発光――トレンチコートの男の胸を漆黒の弾丸が貫通。体内のマナを弾丸が根こそぎ奪い取る。

 E.A.Wは裁きの武具でありながら、殺傷能力としては低い。対象を行動不能にする――精霊使いにおける命と同価値である体内のマナを奪うことに特化している武器なのだ。

 急激なマナ不足となったトレンチコートの男は意識を失い、膝から崩れ落ちた。


「あちらも終わったようだな」


 弾丸が吸収した男のマナを織笠が専用のカプセルに回収していると、カイが歩み寄ってきた。彼の視線の先を追ってみると、織笠の予想通り、キョウヤとアイサが実行犯グループ全員を拘束している最中だった。犯人グループの残りがどこかに隠れていることも考慮し、精霊で探りを入れてみたが反応もなし。安全が確保されたところで、武装を解除。ユリカも合流した。




 トレンチコートの男を含め、誘拐犯グループを護送車に乗せ精保に送った後、五人はコフィンの元に集った。


「この中に、例の少女が……?」


 キョウヤが訝しげに顎に手を添える。


「まだ確定ではないですよ。ないですが……」


 織笠は視線をコフィンに注いだまま答えた。

 形こそ棺桶に似ているが、黒を基調として複雑な金属の紋様をあしらった派手な表面は、例えるなら宝石箱のよう。子ども一人分なら収まるサイズなのは確かだが、わざわざこんなものに人間を詰める理由が分からない。


(逆を言えば、これだけ厳重にしてあるってことが、少女がいる証明にはなるんだが)


 織笠がそっと触れてみると、妙な力の流れを感じた。硬質な見た目だが、全体が脈打っているような不思議な感覚。それが血液などではなく、精霊であることはすぐに理解したが。


「精霊による干渉を遮断する機構のようですわね」


 見ただけでユリカもこの特殊なコフィンの性能に感づいたようだ。大地の精霊使いは地脈から力を得ている為、精霊の流れる方向には敏感だ。空気中を漂う純粋なマナなどの感知は風の精霊使いが得意とするが、こういった造形物は加工前の物による部分が大きい。


「しかも違う術式の型を何層にまで重ねて…」

「そうまでしねぇとヤバいってのか?」

「幼い時分は能力が安定しませんから、暴発防止の安全弁というなら理解はできますが……。少し頑丈すぎる気はしますね」

「……開けてみましょう」


 トレンチコートの男から押収した端末を取り出す織笠。解除には専用のアクセスコードが必要だったが、そこは精保の頭脳の出番だった。分析班のレアと連携を取り、精保のCPUから内部構造を読み取るといともあっさり解読。解除に成功した。

 五人に緊張感が走る。

 何やら空気の抜ける音がしたと思えば、蓋の部分と本体部分の隙間からひんやりとした煙が重力に従って流れ落ちる。自動的に蓋がずれていき、傾く寸前でピタリと止まった。


「これが……」


 きらめく粒子が闇に沈んだ埠頭を淡く照らす。

 柔らかな敷物に包まれた、華奢な少女が間違いなくそこにいた。薄く透けた肌着に身を纏う、まるで人形のような少女が。

 絹糸のような長い銀色の髪と色素の薄い肌。長いまつげに覆われたまぶたを閉じて、安らかに収まっていた。


「件の眠り姫……か」


 誰からだろうか、唾を飲み込む音がした。

 当然、織笠がよく知る“彼女”には似ても似つかない。ただ特徴が近いというだけだ。それならば探せば、そっくりな人間は多少いるだろう。

 だが、実物で見るとより明らかだった。

 瓜二つなのはその気配だ。纏う空気、肉体に流れるマナ、容姿以上に重なるその性質。

 思わず、口に出しそうになって織笠は唇を噛んだ。


 リーシャ――と。




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