第五話 蠢動

 江東区にある大型埠頭はかつて、国際貿易のための貨物船が多く停泊していた。輸送トラックが頻繁に出入りし、他国へ受け渡す貨物コンテナもびっしり置かれていたが、この国の崩壊と共に完全に廃れてしまった。解体こそされていないが、波風だけがずっと寂しい音楽を奏でるだけの空き地と今は化している。徐々にだが、精霊文化によって復興したこの国の特有の品々を輸送しようという動きが出ているが、まだまだ時間は掛かりそうだった。


「オーケイ、了解した。サンキューな」


 埠頭の出口付近――コンテナの集積場にインジェクターB班は待機していた。

 キョウヤが誰かとの通話を終え、携帯端末をジャケットの胸元に収める。


「間違いねぇ。ナンバー未登録の怪しいバンがこっちに近付いてきてる」

「……これだけ早く、良く見つけられたものだな」

「俺の情報網を舐めんなって。人脈の広さなら精保随一よ」


 胸を張るキョウヤ。カイは少し頭を抱えて、


「ったく、いつの間に……。で? 本当に信用できるんだろうな、その情報源は?」

「ま、金にはうるさいが腕は確かだ。企業スパイで昔捕まってたんだが、釈放後に個人的に協力を申し込んだ。あの区域の情報は大体ヤツが知ってるよ」


 深々とため息を吐くカイに、その他のメンバーから笑いが漏れる。以前のカイならここで過敏な反応していただろうが、様々な経験を通して力の抜き方を覚えた彼は、これ以上追及しなかった。

 ただ、この半年で成長したのはカイだけではない。


「なにやら大きな荷物を運んでたって言ってましたよね? それが、レイジが頼まれた特別任務の少女で間違いないんですかね?」


 アイサが誰にでもなく問う。


「それは分かんねぇ。でもここ最近、この場所に同様の車がよく出入りしているらしい。だから情報屋もマークしてたようなんだけどな」

「外れだったとしても、こんなひと気のないところに来るのは何かあるということですか」


 ユリカも納得したように何度も頷いている。


「少し気になる報告があってな」


 カイが携帯端末を操作し、空間に画面を投影させた。暗がりに光る鮮明な光に、一同が注目する。


「C班が請け負ったヤマに、連続誘拐事件がある。失踪したのはどれもこれも年端も行かない子ども。見ず知らずの大人に連れ去られるのを監視カメラが捉えているんだが、その足取りを追うのに難儀していたようだ」

「……奇妙な偶然の一致だねぇ」

「一連の事件の犯人の可能性もある。関与も含めて問いただす必要があるな」


 画面が切り替わり、埠頭の見取り図が表示される。雑然と置かれた資材コンテナによって迷路のような構造になっていた。この地形を利用すれば、奇襲を仕掛けるのも容易だろう。


「取引が行われるのであれば、ブローカーの存在は必須。受け渡しのところを強襲。速攻で鎮圧する」

「チーム分けは?」


 アイサの問いに、カイは迷わず答える。


「左右からの挟撃。俺とレイジ、キョウヤとアイサでいく。ユリカは逃走されたときのことを考え、ここで待機。くれぐれも油断するなよ」


 了解、と全員が口を揃える。

 各々が武器を取り出し、準備を始めていく。精霊使いの能力を無効化する断罪の武器――E.A.Wエレメンタル・アドヴァンス・ウェポン。インジェクターの力を最大限に引き出す相棒とも呼べる代物である。


「……だけど、前代未聞だと思いませんか」


 E.A.Wである刀を回転させ腰元に据えながら、ユリカが呟く。


「その……マイアさんですか? 写真で私も拝見しましたが、あんな幼子を精保に登用するだなんてどういうつもりなのでしょうか。とても信じられないのですが」

「…………」


 少し言い淀みながら、ユリカは横目に織笠を窺う。織笠は伏し目がちにかぶりを振った。


「俺にもマスターの考えは分かりません。能力的な面と将来性を考えて……ということなんでしょうけど」

「向こうの世界での評価のみで、こちらでの能力試験も無し。里での修行である程度の力は備えているみたいだが……」

「マスターの一存だからな。決定にどうこう言えねぇが……さすがにな」


 カイもキョウヤも理解に苦しむといった表情だ。

 精保はインジェクターだけでなく、一般の職員にも厳しい能力試験がある。一定の基準をクリアし、なおかつ清廉とした心を持つ者だけが配属を許されるのである。精霊使いの中にはまだまだ血統を優先せよという封建的な考えを持つ者も多いが、精保にはそれは通用しない。純粋なエリート集団だった。

 だからこそ不可解。

 誰が訊いても今回のマイアの件は疑問符を並べるだろう。


「新しいマスターはどうだったの? 今度の人は信用できそう?」


 アイサが恐る恐る訊ねてくる。

 半年前の一件は、マスターという絶対的神に不信感を抱く結果となった。一時は民主化運動まで発展しかけたが、今もそれは落ち着いている。

 仲間の視線が織笠に集中する。誰もが気になっていたのだろうが、聞けずじまいでいた。そんな空気を織笠は何となく気付いていた。


「どうだろうね。元々、前・マスターを快く思ってはいなかったみたいだけど……。陽の精霊使いの信頼を取り戻すことを第一に考えているようだね」

「なんかそれだけ聞くとイイ人って感じ?」

「上に立つ者の強欲さはあった。似たり寄ったり……かは、これからにかかっているんだろうさ」

「そのカギになるのがマイアちゃんってことかね、じゃあ」

「……どうでしょうか」


 キョウヤの憶測は的を射ているような気がするものの、織笠は曖昧な返事で応じた。だとしても、あんな少女一人の力で何が出来るというのだろうか。マスターが彼女に固執するには絶対理由がある。何かあの少女に秘められているのだとしたら。

 それこそ己の地位を盤石にするための何かが――。


「シッ」


 静寂を打ち破るような鋭い息。カイからだった。


「そろそろ来るぞ。全員身を屈めて、見つからないようにな」


 そのときだった。

 眩い光が埠頭を照らす。マークしていたバンが現れ、ゆっくりと入り口を通り抜ける。それを確認して、五人は一斉に動き出した。






 取引場所の埠頭に着いた。

 バンを海沿いに停車させる。ライトを浴びた海面は少し荒れていて、闇のように黒い。

 赤髪の男が運転席から降りると、資材コンテナの影から男が一人、姿を現した。窪んだ瞳にこけた頬。痩身をトレンチコートで身を包んだ彼を見て、赤髪の男は精いっぱいの愛想笑いを浮かべた。


「やぁ、剣崎の旦那。久しぶりだな」

「ターゲットを発見したらしいな」


 剣崎と呼ばれた男は挨拶を返すことなく、そう言った。鋭い眼光は商談相手である男たちではなく、既にバンのバックドアに注がれている。


「あ、ああ。この前の取引の後、すぐ見つかったんだ。歓楽街に子どもなんて珍しいだろ? 思わず声をかけたら、まさかまさか。いやぁ、実にラッキーだったぜ」

「そうか」


 バイヤーだけあって商談以外の余計な会話はそもそもしない。何度かこうして会ってはいるが、淡白な反応はいつものことだった。元々が饒舌なタイプでもないのだろう。赤髪の男も仕事の都合上、これぐらいの関わりでちょうどいいと思っていた。


「では品物を見せて貰おうか」

「お、おお」


 赤神の男がバックドアを開けると、剣崎が中を覗き見る。後部座席のシートを倒した空間に横置きされたコフィンを確認した剣崎は、コートのポケットから小さな物体を取り出す。

 精巧に造形されたコフィンの解除用端末。

 指で操作すると、即座にコフィンが反応を示した。空気の抜ける音と共に、自動的に機構が変形・収縮して蓋が開いた。その中身をじっくりと観察した剣崎に、赤神の男が薄ら笑いを浮かべ問う。


「どうだい。お目当てのもので間違いないだろう?」

「……ああ、間違いない。よくやってくれた」


 コフィンを閉じて端末をしまい込む。口調も表情も乏しいが、剣崎に褒められたのは初めてのことだ。赤神の男も湧き上がる喜びを隠しきれない。


「へへへ。そ、それじゃ、報酬の話をしないか? どのくらい――」

「これから輸送船が来る。コイツを車から降ろしてくれないか」

「お。おお」


 肩透かしを食らったような赤神の男。が、すぐに気を取り直す。

 そうだ。商談に焦りは禁物なのだ。

 仲間も緊張感が抜けかけていたが、すぐに命令しコフィンを運ばせる。キャリー付きの台車に降ろし、波止場近くで移動させた。


「これでオーケーかい、剣崎さんよ」

「…………」


 剣崎は答えなかった。袖をまくり、腕時計で時間を確かめる。輸送船はいつ来るのだろうか。こちらとしてはさっさと報酬を受け取っておさらばしたいところだ。


「予定より遅れてしまったが……まあいい。想定の範囲内だ」


 なにやら独り言を呟く剣崎。こちらに向き直り、静かに近づいてくる。いよいよか――そう、思った瞬間だった。

 衝撃が走った。


「え――」


 赤髪の男は眼球を動かし、自分の腹部を見る。そこには闇夜にも拘らず鈍色に光る物体が突き刺さっていた。


「な、な――」


 周囲の仲間たちはまだ何が起きているのか把握していない。当然ながら密着した状態。だからこそ、この二人がなにをしているのか理解できない。

 腹部に刺さったナイフから、血が滴り落ちる。

 激痛はそこからだった。知覚した瞬間に波の奔流のように襲い掛かてくる。


「ぐ、がああああああああああ!!」


 剣崎がさらに刃の部分を押し込んでくる。抵抗するように赤神の男は剣崎の腕を掴んだ。


「て、てめぇ。なん、でこんなことを……」


 この期に及んでまだ剣崎は無表情だった。困惑と痛みに支配される脳内で、彼の行為の理由を考える。直結するのは――。


「ま、さか、てめぇ……」

「清楚で静かに咲く白き花。その存在は誰にも知られてはならない。それがあの方のお考え」


 その言葉が耳に届く。瞬間、赤髪の男は突然吹き上がった炎に包まれた。

 剣崎の精霊による発火。

 赤神の男の仲間から悲鳴が上がる。赤神の男は全身火だるまになりながらよろよろと歩き、海の方へ。足を踏み外し、波打つ闇の中へ落ちてそれから二度と上がてくることは無かった。


「あと……四人か」


 ナイフを手の中で弄びながら、残りの仲間に視線を向ける。ただただ自然な歩調。そこに殺意は微塵も感じない。

 だからこそ感じる。この男、人を殺し慣れている――と。

 腰を抜かす大柄な男や、逃げようと後ずさりする若い男。逃すまいと剣崎が腰をグッと落とす。

 そこへ。

 彼等の間を、閃光が走る。レーザーの類だろうか。眼前を通り去った鋭い光は、海を抉って巨大な水しぶきを上げた。


「なに!?」


 剣崎が驚愕の色を示す。計り知れない高出力の精霊の正体もそうだが、真っ先に浮かぶのはどうしてこんな場所に第三者の存在がいるのか。

 しかも明確な敵意をもったもの。

 思い付くのは――。


「インジェクターか!?」







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