第40話 勇者vs魔王

 俺の叫びを、魔王は一笑に付す。


「そんなもので戦闘技術が向上するとでも? 全く人間は非論理的で困る。子の為、仲間の為、国の為⋯⋯そんな事をのたまう奴らを、我は何人屠って来たかわからんわ」


 魔王は親指を齧り、手を振った。

 指から流れ出る血で、大鎌を作り出すと両手で握り、構えた。


「まあ思い出すのも面倒だ、お前をちょうど千人目、という事にでもしておくか?」

「ほざけ、もうカウントの必要もない。お前は今日死ぬからな」


 剣を抜き、間合いを詰める。

 武器のリーチでは圧倒的に向こうに分がある。

 だから斬り合いではいかに懐で戦うか──なのだが。


 俺の接近を迎撃するために、魔王が鎌を振り下ろした。

 俺は間合い直前で動きを止めた。

 本来なら空を斬るはずだ、が。


 鎌の柄が少し細くなり、それに応じてリーチが伸びた。

 刃を躱すため、俺は横に飛びながら更に間合いを詰める。

 剣の間合いとなり、横薙ぎの一撃を繰り出すも、大鎌の柄がぐにゃりと変形し、蛇のような動きで俺の顔面を襲う。

 剣を振るのはやめ、顔への一撃を回避した。


 その間に魔王は後ろに間合いを取り、次に血から槍を生み出し、俺に向かって突き出した。

 横に移動して躱そうとすると、またしても柄の部分が変形した。

 槍は柄を不自然に曲げて俺を追尾し、襲ってくる。

 左手で柄を掴み、突き込みを直前で止めると同時に、掴んだ部分が剣山に変形し、俺の手を穴だらけにした。


「どうした? ヴァン・イスミール。私を殺すのではなかったのか?」

「そのつもりだが?」

「そんな調子で⋯⋯ぐぅ!」


 俺は掴んだ部分から、師直伝の雷撃を叩き込んだ。

 制御が難しい魔法で、未熟な者が使用すれば自身も感電に巻き込まれ死亡するため、遣い手が殆どいない魔法の奥義。


 電撃が槍を伝わり、魔王の身体を襲う。

 電撃の効果で筋肉が痺れ、魔王は槍から右手が離せなくなっている。


 凄まじい熱が発生し、魔王の腕が右肘まで炭化した。

 魔王は槍を消し、雷撃から逃れる。

 炭化した腕から焦げが剥がれ、新しい皮膚が姿を見せた。

 その間に、俺も『恒常性維持』の魔法を使用し、左手の傷を癒やした。

 俺も魔王もカミラと違い、常時『恒常性維持』を使用できる訳ではないからな。

 

「小癪な真似をするではないか」

「お前の殺し方は、この十年考え続けたからな」

「ふん、その雷撃を叩き込むには、我に触れる必要があるだろう?」

「だから?」


 いいぞ、魔王。

 そう、雷撃の魔法は相手に触れなければ極端に威力が落ちる。

 有効射程のなさが弱点の一つだ。


 魔王は自らの影にトプンとしずむと、謁見の間、俺が先ほど生み出した魔法の壁ギリギリに出現した。


「魔法の撃ち合いなら、我に分がある。この術で距離を離しながらお前を殺そう」


 魔王が呪文を詠唱し始めた。

 初めて聞く内容で、興味が引かれたが──発動させる訳にもいかないだろう。


 謁見の間は多数の人間を収容するため、かなり広い。

 距離を離す事は可能だ。

 そして──俺は距離を取りたかった。



 魔王に限らず、魔族は己に自信を持ちすぎだ。

 人間なんて奴らから見れば蟻同然で、すぐにでも踏み潰せると思っている。

 だから戦闘においても、流れを重視しない。

 場当たり的だ。


 俺はここに来るまでに、この流れに持って行く事を何度も頭の中で練ってきた。

 魔王を今度こそ殺す方法を。

 己の力を過信せず、油断せず、戦法、戦術を練る。

 それが俺の考える、最強を名乗る資格──。


「魔王、お前は今から死ぬ。お前自身の行いのせいでな」


 俺もまた呪文を唱えた。

 離れていても詠唱が聞こえていたのか、魔王は自らの詠唱を中断し、叫んだ。


「バカな! その魔法は!」


 その間に俺の魔法が完成する。

 中途半端な距離なら術を使う余地はなかった。


 それに、術がヤバいと気付いたのなら、叫んでる暇があるなら影で俺の近くに転移し、すぐに阻害すれば済む話なのに。

 想定してないのだろう、自分が遠距離の魔法戦で遅れを取る事など。


 俺の頭上に──城下で魔王軍に殺害された人々、その呪詛が集まっていた。


「呪殺球『ガボルドニアルド』。英霊王レシアンを殺した際には百を超える生け贄が必要だったというが⋯⋯お前らが城下で奪った命は、それじゃきかないぜ?」

「止めろ、ヴァン・イスミール! これは懇願ではない、忠告だ! 呪殺球は⋯⋯!」

「お前を殺したあと、残りが俺を襲う、だろ? 関係ない」


 この魔法が遣い手を失ったのは、生贄が必要という事もあるが──恐らく術師もまた命を失うからだ。

 だから『自己蘇生魔法』が使えるガルフォーネや、俺のような呪い無効の特性を持つ者でなければ、術の行使は命と引き換えになってしまう。


「くっ! ⋯⋯ならば!」


 魔王が影に沈み、エミリアの近くに現れる。

 恐らくエミリアを害し、あえて封印される事で難を逃れようと考えたのだろう。

 だが、行動が一歩遅い。


「死ね、魔王」


 俺の頭上から転移した呪殺球が、魔王の周囲に展開した。

 瞬間──。


「ぐおおおおっ!」


 魔王の身体が『呪い』により、少しずつ削り取られていく。

 必死に『恒常性維持』で耐えているようだが、それでも間に合わないほどの速度で。

 やがて、魔王が魔法の起点となる頭部を失った途端、侵食の速度はそれまで以上に進み──完全に消滅した。


 魔王が消えたあとも、呪殺球はフワフワと漂っていた。

 しかし──ここで想定外の出来事が起きた。


 一部は思っていた通り、俺の側に展開されたが、残りが──エミリアを襲った。


「しまっ⋯⋯!」


 術師ではなく、近くで生き残っている物を襲う、これが呪殺球の効果?


 俺の周囲に漂う呪殺球から、声が聞こえた。


『勇者さま』

『仇を取ってくださり』

『ありがとうございます』


 彼らは⋯⋯俺を害する様子もなく、しばらくするとフッと消えた。

 エミリアもまた、無事だった。


「パパ、あの人たち⋯⋯お礼言ってたよ」

「ああ」


 もしかしたら、魔王が死ぬ事で彼らから敵意が失われたのか?

 それとも、俺が呪い無効だからだろうか?

 ただ、それだとエミリアはなぜ?


 まあ、よくわからないが⋯⋯今後の使用は控えよう。

 しばらくエミリアは茫然としていたが、やがて俺の方にヨロヨロと歩いてきた。

 俺は抱きしめようと手を広げたが──娘はそのまま俺の前に立ち止まった。


「私、パパに抱き付く資格なんかない、だって、この一年、いっぱい、イヤな事言ったよ?」

「もう今は気にしてないよ。それにごめんな、遅くなって、怖い思いさせて⋯⋯」


 俺がエミリアの頭に手を載せると、それまで俯いていた彼女が顔を上げた。

 その瞳には⋯⋯大粒の涙がたまっていた。

 エミリアの感情と呼応するように、涙は先ず最初に薄く頬に流れ、次に堰を切ったように溢れ出した。

 そのままエミリアは俺の服、その胸辺りを掴みながら顔をうずめた。


「怖かった⋯⋯怖かったよぉ」

「そうだよな、魔王と二人なんて⋯⋯」

がぁう⋯⋯」

「えっ?」


 違うと言われ俺が戸惑っていると、エミリアは顔を上げ、俺の目を見ながら言った。


「わらひ、が、失敗したら、パパ、んじゃうんだって、おもっらら、わたひ、怖かった、怖かったよぉぉおっ!」


 泣きじゃくる娘を見ながら。

 申し訳ない、と思う気持ちと、久々に感情を素直にぶつけてくるその姿を愛おしいと思いながら。

 所在なくしていた自らの手を、彼女の背に回した。

 こみ上げて来そうな物を抑えつつ、俺は言葉を絞り出した。

 

「⋯⋯ごめんな。もう、こんなことさせないよ」


 やっとの思いで発した、自分なりに気遣った言葉のつもりだったが、意外な事にエミリアは首を振った。


「それもだめぇ⋯⋯」

「⋯⋯ダメ?」


 数度頷くように、コクコクと首を動かすと、エミリアはそれまで以上に、強く俺の目を見ながら言った。


「パパが困った時は、遠慮ひないれ、わらしに頼っれぇ、だって、私ひたち⋯⋯⋯⋯親子なんれしょう⋯⋯? だから、来てくれたんれしょう?」


 縋るように見上げてくるエミリアに、やっとの思いで短く返す。


「⋯⋯ああ、そうだ。お前は俺の、大事な娘だ」


 俺は、このまま感情に任せてしまうと、娘以上に泣いてしまいそうだった。

 これ以上はどんな言葉も、俺の涙を伴わないと口にできそうになかったので⋯⋯。




 ──いい子に育ってくれて、ありがとう。



 胸の中で、感謝の言葉を述べながら──娘と、俺自身が落ち着くまで、背中を撫で続けた。


 

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