第39話 宿題 ※前半エミリア視点
パパは自分の首を短剣で刺した。
すぐにドクドクと血が流れ始める。
パパもママほどではないけど、『恒常性維持』の魔法が使えるハズだけど、傷が塞がる様子はない。
──魔王に私を傷付けさせない、その為に死ぬつもりだ。
パパは短剣を抜いた。
それまで以上に血が流れ出て⋯⋯倒れた。
「パパ⋯⋯」
「はっはっは、ヴァン・イスミール。そなたほどの強者がこの死に様か。やはり人間と我らは相容れない存在だ、魔族なら決して選ばん最期だ」
しばらくして、ハアハアと激しかったパパの呼吸が──止まった。
「ふむ、死んだな」
魔王はパパの死を確信すると、私の手を離した。
「万が一お前を傷付けでもしたら、また封印されてしまうからな」
拘束が解けたのを幸いに、私はパパの死体に駆け寄った。
「パパッ、パパぁ!」
死体にすがりつく──ようにして、目的の物を探すため、魔王の目を盗むようにして、傍らにあるバッグに片手をつっこみ、中を漁った。
杖と、探し物の存在を確信する。
そうこれは──パパに出された宿題の『答え合わせ』なのだ。
不死の魔女、ガルフォーネが使った『自己蘇生魔法』を再現する。
恐らくパパは死ぬ間際に、あの魔法を使ったハズ。
自己蘇生魔法用の『形代』を掴み、ゆっくりとバッグから引っ張り出す。
そのまま、パパの首に押し付けて血を付着させたあと、襟の間から服の中に押し込んだ。
そこまで準備してから、私は魔力を操作して、パパの残存魔力を探す。
──あった。
パパの魔力を感じる。
ただ魔力量が足りないせいで、自己蘇生魔法は発動していない。
だからあとは──あの日と同じようにすればいい。
パパに宿題を出された時に貰った、ヒント。
『花を咲かせましょう』
今思えば、ヒントというか殆ど答えだ。
全く、パパは私に甘い。
レーナちゃんが引っ越す時、彼女に協力して、魔法の造花を咲かせた。
あの子の魔力だけだと足りなかったから、前日にパパに方法を習い、私の魔力を貸し出したのだ。
パパは言った。
自己蘇生魔法は再現できる可能性がある、と。
人間の魔力だと、普通は足りない。
けどそこに、別の人間がさらに魔力を供給すれば──。
精一杯魔力を込めると、パパの身体が霧のようになった。
次に、服の中に入れた『形代』が、もぞもぞと動き出した。
よし、このまま──。
「待て、何をしている!」
マズい。
魔王に気付かれてしまった!
身体の再構築は終わり、首の傷は綺麗に消えていた。
ただ、心臓がまだ止まったままだ。
私はさらに魔力を込めながら、叫んだ。
「パパっ! 早く起きてよぉ! このまま死んだりしたら──許さないからぁ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「──ねぇ! パパ、起きてよ!」
「うーん、ごめんなエミリア。パパ、ちょっとだけ疲れてて⋯⋯」
「えー? 次のお休みに、魔法教えてくれるっていったのパパじゃん、起きて、起きてー!」
「仕方ないなぁ。全く、そんなに魔法が好きになるなんて、誰に似たんだろうな?」
「そんなの──パパに決まってるじゃん!」
パチッと目を覚ます。
すぐに状況を理解した。
エミリアが俺の自己蘇生魔法をサポートし、成功に導いた。
そんな俺に、魔王が攻撃を仕掛けようとしている。
寝起きで受け止めるには、やや荷が重そうだが──呪文が完成する直前に、言葉で牽制した。
「良いのか? そんな魔法でエミリアを巻き込んだら、お前また封印されるかもしれんぞ?」
「⋯⋯うっ、クッ!」
魔王の左手から放たれた火球。
本来放とうとした威力ではない。
エミリアを巻き込まないようにと、咄嗟に出力を抑えたのだろう。
俺は右手で火球を受け止め──握り潰した。
「エミリア、下がってろ。魔王はお前に手を出せないが、それでも巻き込まれる可能性がある」
「う、うん!」
「でも、その前に」
俺はエミリアの頭の上に手を乗せた。
「良くやった。宿題の実技試験は合格だ」
俺の言葉に、エミリアは一瞬嬉しそうにしながらも、それを誤魔化すように頬を膨らませた。
「⋯⋯次からテスト期間は、事前に告知してね」
「ああ」
そのままエミリアは部屋の端まで移動する。
魔王はその間、黙ってこちらを見ていたが⋯⋯。
「まさかガルフォーネにしか使えないハズの自己蘇生魔法を、人間如きが成功させるとはな。少し侮っていたようだ。だが、お前が生き返った事で誓約が無効になったかもな?」
言葉で揺さぶってくる。
暗にまたエミリアを人質とする可能性、それを示唆してきた。
つまり、足手まといの存在を匂わせたわけだ。
確かにその可能性はゼロじゃない、が。
「無駄だ魔王。そんなのは結局神の御心次第ってやつだ。一か八かの気まぐれに、お前は賭けたりしないだろ?」
「ふん、小癪なやつだ。ならば⋯⋯」
魔王の次の行動は読んでいる。
再度封印されるのを防ぐため、一度ここを出て、時間を使って誓約の破棄をするつもりだろう。
そうはさせん。
俺は印を組み、素早く魔法を発動した。
『黒牢封蓋』
謁見の間を、黒い魔法障壁が取り囲む。
生命の移動を禁じる、黒い壁。
中から外に出れないし、外から中に入れない。
「バカな、この魔法は⋯⋯」
「そうだ。お前が十年前に使った魔法だ」
あの時、魔王との戦闘中。
アルベルトがリーダーとして、一度撤退し、態勢を立て直す事を皆に命じた。
それを阻止しようと魔王が使用したのがこの魔法だ。
「一度見ただけで習得した、だと?」
「ああ」
幼少期からバーンズ老に鍛えられたおかげで、大抵の魔法は見ただけで再現できる。
もちろん例外もあるが。
「あの時のセリフを返してやる。魔王、勇者からは逃げられんぞ?」
「⋯⋯なるほど、これがお前の狙いか。あとは30分時間を稼ぎ、誓約により我が封印されるのを待つ⋯⋯全く、してやられたものだ。ならば⋯⋯我はそれまでにお前を殺し、王都の外に出なければならんな」
魔王の表情には、まだ余裕の笑みが浮かんでいた。
今言った事を、実行する自信があるのだろう。
「それに、再度封印された所でまたしばし眠るだけだ。愚かな人間がまた我を起こすだろう。その頃にはお前のような厄介者はいまい。結局、我が勝利する運命だ」
勝ち誇ったように言い、また揺さぶりをかけてくる。
だが、とんだ不正解だ。
「何を勘違いしている」
「⋯⋯なんだと? 違うというのか?」
再封印、確かにそれも狙いというか、保険の一つだ。
だが、俺が蘇生した事により、魔王がさっき言ってたように誓約が無効になっている可能性はある。
それに、何よりも、だ。
「お前は、絶対に許されない事をした。エミリアを人質にし、必要以上に怖がらせた。それだけで万死に値する。魔王、お前はここで──俺が殺す」
「ふん、何を言うかと思えば。十年前、何とか封印するしかなかったくせに、とんだ大言を吐くものだ」
「わかってないな、魔王。俺はお前がこの十年、眠りこけている間も鍛え続け、あの頃より強くなった。何より⋯⋯」
チラッとエミリアの方を見て、視線を交わす。
娘は胸の前で指を組んで、祈るような仕草をしていた。
「俺はな、久しぶりに会った娘に、良いところを見せようと、ちょっと張り切ってるんだぜ?」
「⋯⋯それが?」
俺は人の機微に疎い魔王に教えてやるために、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「今の俺が──世界一強いに決まってるだろうがッ!」
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