第38話 命懸けの誓約

 エミリアと話し終え、魔王が先ほど言った条件を元に約定コントラクトを誓約し、鏡越しの会談は終わった。

 同時に、鏡全体に細かいヒビが走る。

 かなり負荷がかかる魔法なのだろう。


「それではヴァン様、私は先に失礼して王城⋯⋯いえ、『魔王城』にてお待ち申し上げます」

「ああ。準備が終わったら行くって伝えといてくれ」

「かしこまりました」


 魔族の男が退出すると、皇帝陛下が呆れたように俺に言ってきた。


「ヴァン殿、何を考えているんだ。魔王の罠にむざむざ乗るなど⋯⋯それとも何か勝算があるのか?」

「特にありません。そもそも情報が少ないですし、出たとこ勝負になるでしょう」

「娘の為に⋯⋯命を捨てる覚悟か?」

「⋯⋯いざとなれば。ただ、俺が死ねば結局エミリアも助からないでしょう。そこは上手くやりますよ」

「そんな状況で、一人で行かせるわけには⋯⋯」

「まあ、俺は一人で行きますが⋯⋯後から、誰かが勝手についてくる分には仕方ないんじゃないですかね?」


 誓約破りにならないように、慎重に言葉を選ぶ。

 俺の言葉に、陛下は「ふむ」とだけ返事した。


 俺が仮に魔王を倒しても、王城の解放には魔族の掃討が必要だ。

 魔王との戦いで消耗したあとに、そこまで可能かはわからない、保険がいる。

 

「俺は別に考えなしというわけではありません。ただ、娘と約束したんです。命を捨てるつもりはありませんが、命懸けになる覚悟はあります」

「⋯⋯」


 皇帝陛下はそれ以上何も言わなかった。

 俺があえて亡き実父の言葉を引用したからだろう。


 俺達のやり取りを、マリアベルがやや呆けたような表情で眺めている。

 突然の事で現実感がないのかも知れない。

 彼女にしてみれば、誕生パーティーで婚約を発表する直前だというのに、勝手を言う俺に怒りを通り越して呆れているのかもしれない。


「マリアベル、その」

「も、申し訳ありません、さっきのヴァン様が格好良すぎて、やっぱり私この人が大好きぃ⋯⋯って気持ちでいっぱい過ぎて、言葉を失っておりました」

「あ、うん、ありがとう⋯⋯」

「でも⋯⋯」

「?」


 マリアベルは突然俺に抱きつくと──身体を震わせながら言った。


「死んだら、すごく、格好悪いです。キライになっちゃいます、だから──絶対に生きて帰ってきてください」

「⋯⋯ああ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 二日後、俺は王都に辿り着いた。

 誓約の効果か、道中敵に襲われる事はなかった。

 アルベルトとの誓約はやはり破棄されていたようだ。

 俺は呪いが無効というだけで、その発動自体は感じ取れるからな。

 

 王都は荒れ果てていた。

 この様子だと、死者はかなりの数だろう。


 王城に到着し、中を進む。

 魔王の部下じゃないのか、途中一体のアンデッドに遭遇した。

 不気味な姿で、初めてみるタイプだ。


 頭部を首のあたりでねじ切られたように失っている。

 そして全身が捻れている。

 踵が前を向いているために歩きにくいのか、ヨタヨタと動きが遅い。


 気持ち悪いので、魔法で焼却しておいた。





 玉座の間に着くと、魔王と、その隣にエミリアがいた。


「パパ⋯⋯なんで来たのよ、バカァ!」


 娘が叫び声を上げる中、魔王は俺の姿を認めると、愉快そうに笑った。


「はっはっは、本当に一人でやってくるとは。それでこそ『救国の勇者』だ。では──娘を解放して欲しくば、自ら死を選べ」


 ⋯⋯やはり、そう来たか。

 コイツは誰よりも強いという自覚があるくせに、それを誇ったりしない。

 戦いに何の矜持もない。

 しかも断れば、俺の動揺を誘う為だけにエミリアをあっさり殺すだろう。


「条件次第だな」

「お前が死ねば、娘は解放してやろう」

「身代金を支払った挙げ句、人質を殺される可能性がある状況で交渉の余地はない。俺にとってその子の命は何より大事だ、だからこそ賭けに乗る訳にはいかない。だから、これを使う」


 俺は皇帝陛下に無理を言って用意して貰った『誓約書』を提示した。

 俺の言葉に、魔王は「ふむ」とだけ返事をし、思案する。

 魔族は理屈を重んじる傾向がある。

 感情への共感性は薄いが、理屈への共感性は高い。

 そして何よりも、効率主義だ。


 普通に戦っても殺せる相手と判断していても、自分が傷付く心配がなく、労なく俺を殺せると考えれば、そちらを選ぶ。


 賭けるなら、そっちだ。

 

「ふむ、よかろう。約定コントラクトを結ぶとしよう⋯⋯それなら大人しく死ぬか?」

「条件によっては、この命くれてやるよ」


 ここまでは想定通り。

 魔王の望みは、俺が娘の代わりに死ぬというその一点。

 もちろん、一対一なら魔王に分があると思っているだろうが、封印が解けた直後という事で、本調子ではなかろう。


「では、お前の死後五年は、この娘を傷付ける事はできない。これで良いか?」

 

 魔王の提示してきた条件を聞き、俺は首を横に振った。


「足りない。いくら約定コントラクトが強力でも、お前なら数時間で破棄まで持っていけるだろう」


 俺が指摘すると、魔王は愉快そうに笑った。

 

「くっくっく、見抜いてたか。では、条件を言え」

「俺の死後、30分以内にエミリアから離れろ。距離はこの王都から外。エミリアを少しでも傷付けた場合と、距離を開けなかった場合の罰則ペナルティは、お前の再封印だ」


 俺からの提案に、魔王はしばし考える様子を見せたのち、軽く頷いた。


「ふむ⋯⋯まあ構わんだろう。ヴァン、安心して死ね。ヴァン・イスミールの命を対価とし、魔王ガイロクラスト・スラール・アジャインドラスは約定を結ぶ。の者が自らの命を捧げるならば、ここにいるエミリアを一切傷付けず、害を及ぼさず、30分の時を経る前に王都ラシアンローゼより退去する。約定破られし時、我が身は再び封印の縛に架せられる」


 魔王が約定を宣誓すると、俺が用意した誓約書に宣誓通りの光文字が浮かんだのち、燃え尽きた。

 これで約定コントラクトは効果を発揮する。


「これで良いか?」

「ああ、その前に──エミリアに一つだけ」

「まあ、そのくらいは良かろう」


 俺はエミリアを見据えながら、微笑んで見せた。


「エミリア、宿題のご褒美は俺のバッグに入っている」


 エミリアはハッとした表情を浮かべた。

 うん、これでいい。

 準備は終わった。


「パパ、そんな、だめだよ⋯⋯私⋯⋯」


 娘が何か喋ろうとするのを、魔王が手を引いて邪魔をする。


「そろそろよかろう、では⋯⋯死ね、ヴァン・イスミール」

「言われるまでもない」


 俺は自らの首に──短剣を横から突き刺した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る