第37話 家族
王国から再び急使がやってきた。
王城は陥落、王や一部の貴族は捕らわれ人質となっているらしい。
その中に、エミリアもいるという噂があるらしい。
人質ならば、すぐに危険な目に遭わされる事もない、と信じたいが⋯⋯。
皇帝陛下には「焦るな」と再三釘を刺されている。
出自を知ったせいで、変にしがらみができた。
以前は『救国の勇者』と呼ばれても、それに縛られたりはしなかったのだが⋯⋯。
一旦城を辞し、カルナックの住処を訪ねる。
彼は俺の顔を見るやいなや、着席を促して聞いてきた。
「何か悩みがあるみたいですね?」
「うん」
「言ってみなさい、それで楽になるかも知れませんよ」
今の心境をカルナックに伝える。
軽々と動けない事がもどかしい事。
エミリアの事が少し心配な事。
自分はどうするべきなのか、迷っている事。
カルナックは一通りの話を聞いてから「答えになるかわかりませんが」と前置きしてから話し始めた。
「私やバーンズ老は、あなたの親代わりだと思ってます⋯⋯つまり、家族です」
「うん、そうだよ」
「そんなバーンズ老が、あなたと過ごして一番嬉しかった事だと私に言ってきたのは何か、知ってますか?」
「それは⋯⋯やっぱり魔王を封印した事、じゃないのかい?」
「違いますよ」
「じゃあ何?」
「『ヴァンに父さんと呼ばれたんだ!』と私に自慢してきたのです! あの時の顔の憎らしさと来たら! 今でも腹立たしい思いです!」
「⋯⋯えっ?」
あの時?
バーンズ老は、表情も変えずに二度と呼ぶなと言ってたが⋯⋯。
「ただあの方はリベルカ様の事や、アナタの出自からそう呼ばれるのに抵抗があった! でも、アナタが自分ではなく私の事を『父さん』と呼ぶのもイヤだ、だからカルナックを父と呼ぶのはダメだって言ってやったわいって! あのクソジジ⋯⋯コホン、まあ、そういうお茶目な方でした」
「そうだったんだ⋯⋯」
あの時、俺は拒否されたのだと勝手に思っていたが、そうじゃなかったのか。
「つまりヴァン、例え家族であっても⋯⋯表に見える態度が全てではない、という事です。照れ隠しに冷たく見える事もある」
「うん⋯⋯」
よくよく考えれば俺は、エミリアの気持ちについてはアルベルトが言った事を鵜呑みにしただけだ。
直接確認した訳ではない。
この一年の態度から、勝手にそう思っただけだ。
「ちょっと考えてみるよ⋯⋯色々と」
「ええ」
「ありがとう、カルナック父さん」
カルナックは一瞬目を丸くしたが、すぐにニコリと微笑んだ。
「ふふふ、バーンズ老の気持ちがわかりました。嬉しいですが、やはりその呼び名は今回だけにしましょう」
「まずかった?」
「もう出自ははっきりしましたし、なにより⋯⋯」
「なにより?」
「バーンズ老が『ズルい!』って化けて出てきそうです」
そう言って照れ屋の父は、お茶目に笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カルナックの家を辞し、魔法装飾店へと向かった。
もうすぐ誕生日のマリアベルへのプレゼントを選ぶ為だ。
品を選んでいると、店主がチラチラとこちらを見たあと、しばらくして声を掛けてきた。
「もしかして⋯⋯ヴァン様ですか?」
「はい、そうですが」
「ああやっぱり! ご無沙汰しております! 以前は王都で商いをさせて頂いておりました! ウチの娘はエミリアちゃんと友達で」
「あ、あーあーあー! うんうん、わかります、ご無沙汰してます!」
「おーいレーナ! エミリアちゃんのお父さんが来てくれたよ!」
店主が奥に声を掛けると、女の子が店に顔を出した。
「おひさしぶりです!」
「やあレーナちゃん、大きくなったね」
「はい! あ、ちょっと待ってください!」
少女は一旦中に戻ると、花を手に再度戻ってきた。
「エミリアちゃんに手伝って貰ったこれ、今でも大事に飾ってるんです!」
魔法の造花だ。
魔力操作の訓練のためにバーンズ老が開発した物で、種に魔力を込めると花に変化する。
造花なので当然枯れる事もないため、初めて魔力操作が上手くいった時の記念品として人気がある。
この子が帝都に引っ越すと決まって、エミリアは彼女に贈り物をしたい、というから俺が提案したのだ。
と言っても当時、この子は魔力操作なんてできなかった。
だからエミリアはレーナちゃんが引っ越しの日までに、彼女に花を咲かせる為の手ほどきをした。
ただなかなか上手くいかず、俺にアドバイスを求めて来たりしてたのだ。
懐かしいな。
「エミリアちゃんのおかげで咲いた花だから、ずっと大事にしようと思って。私ひとりだと、あの日までに咲かせるの無理だったから」
「うん」
「エミリアちゃん、これが咲いた時すっごく喜んでくれて⋯⋯『どう? パパに習った方法なのよ、凄いでしょ?』って自慢してました」
「⋯⋯」
「私がエミリアちゃんのパパ凄いね、って言ったら『うん、私のパパは世界一なの!』って⋯⋯エミリアちゃん、いつもヴァンさんの事ばっかり話してました」
「⋯⋯そっか」
レーナちゃんの肩にポンと手を置いて、お礼を言った。
「ありがとう、その花大事にしてくれて。エミリアもきっと喜ぶよ」
その後、マリアベルへのプレゼントともう一品購入し、俺は城に戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
城に戻ると、何やらざわついていた。
衛兵に事情を聞くと、どうやらちょうど俺を探していたみたいだ。
「ヴァン様、魔王が使者を派遣してきました!」
案内された場所にいくと、皇帝陛下とマリアベル、護衛の騎士たち、そして魔族らしき男が待っていた。
そいつが持ち込んだのか、かなり大きな鏡が置いてある。
魔族の男は恭しく頭を下げると、口上を述べた。
「ああヴァン様ですね。魔王様からお伝えしたい事があります」
「なんだ?」
「それは直接聞かれるとよろしいでしょう」
男が呪文を唱えると部屋に緊張が走る。
ただ、俺は詠唱内容から攻撃系ではないと察し、皆を手で制した。
詠唱が完了すると、鏡に映像が浮かび上がった。
魔王だ。
「やぁ、久しいな。ヴァン・イスミール」
「ああ。まだ寝てりゃいいものの」
「はっはっは。余もこんなに早く起こされるとは想定外だ。だが二度寝する気分でもなくてな」
「ふん、さっさと要件を言え」
「お互い、無駄な犠牲は抑えたいと思わんか?」
「お前が大人しくしてれば済む話だろ?」
「そうもいかなくてな、そこで提案がある。ヴァン・イスミール、ここまでひとりで来い。部下に手出しさせない事は約束しよう」
「信用しろと?」
「これを使う」
魔王は誓約書を見せびらかすようにした。
「お前がひとりで余の前まで来ると約束するなら、部下に手出しさせない事と⋯⋯この娘の安全は保証しよう」
魔王が何かを引っ張る仕草とともに、エミリアの姿が映し出される。
娘は少し怯えた様子だったが⋯⋯すぐにこちらを睨み付けるようにしながら叫んだ。
「来なくていい! アンタなんか、本当のパパじゃないんだから!」
気丈な態度を取っているが、その身体は小刻みに震えていた。
「エミリア」
「な、何よ」
「宿題は⋯⋯終わったか?」
あの日。
エミリアはわざわざ俺を呼び止めて言った。
『私⋯⋯ちゃんと宿題、するから』
と。
あの時の約束は間違いなく──父と娘の約束だ。
「それは、ちゃんと、終わったけど」
「そうか。ならご褒美の杖を用意してある。さっき買ったばかりだけどな。これから届けにいくから心配するな。俺に──パパに任せとけ」
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