第36話 妻の役目※カミラ視点

 王都に攻め入る事三日。

 市街地で騎士団をほぼ掃討したのち、魔王軍は王城を制圧した。

 抵抗する者の多くは亡き者とされ、今魔王の前に引き出されたのは国王と──娘のエミリアだった。


「あら、エミリア⋯⋯生きてたの? ママ嬉しいわぁ」

「ママ、どうして⋯⋯こんな事」

「いつも教えてたでしょ? ママはね、このおかしな世界を変えたいのよ」


 娘は俯いたのち──こちらを睨み付けるような視線を飛ばし、言った。


「ずっと言えなかったけど、おかしいのは⋯⋯パパを裏切ってこんな事するママだよ!」


 ぱぁん。

 エミリアの頬をはたき、胸倉を掴みながら『教育』する。


「口答えは禁止してるでしょ? あとその目で私を見ないで。血が繋がってないくせに、アナタの目ってヴァンに似てて不快なの」


 娘と話している間、魔王は王と言葉を交わしていた。


「お前の命には暫しの猶予を与える。人民の掌握や他国との交渉に役に立つだろう。王国民の犠牲を減らしたければ精々働くんだな」

「⋯⋯」


 王はがっくりと肩を落としている。

 いい気味だ。

 あの時両親のようになれ、などと偉そうな事を言ってこなければ、いや、そもそもカミラとアルベルトとの結婚を了承しさえすれば、こんな惨めな目に遭わずにすんだろうに。


「で、その娘は⋯⋯カミラ、お前の子か? 父親は⋯⋯ヴァン・イスミールか? 目の輝きが、あの忌々しい男を連想させる」

「私とアルベルトの子よ。まあヴァンは育ての親だから、生意気な態度が似てるのよ」

「ふむ⋯⋯ならばあやつへの人質として利用できるやも知れん。生かしておくか⋯⋯さて」


 魔王はカミラの方を向き、顎の下に手を添え、顔を覗き込んできた。

 至近で見るその顔は、この世の物とは思えない美しさだ。


「さあカミラよ。そろそろ妻として大事な役目を果たして貰おう」

「大事な役目? 何かしら」

「知れた事だ、余の子を産んで貰おう。我々の愛を育もうではないか」

「ええ、喜んで」


 結局の所、魔王といえどもオス。

 カミラを欲してくるその姿に、優越感を覚える。

 この美しい男に求められる──その事実に、自尊心が満たされる。


「では場所を変えよう。部下に準備させている」

「ええ。でもお昼からなんて⋯⋯」

「ふふ、一晩中⋯⋯いや、何日も寝かせる気はないぞ?」

「あら、凄いのね」


 性欲を誇る様子に、魔王に対して蔑みを覚える。

 所詮はオスなんて、いい女を見れば性欲に支配されるのだ。

 だからこそ、それを刺激してやれば手のひらの上で転がさせる存在でしかない。


 魔王の案内は⋯⋯王城の外へと続いた。


「あら? どこにいくの?」

「王城では準備が一からになる。すでに教会で準備させている」


 初夜の前に、結婚式でも挙げるつもりだろうか?

 魔王は意外とロマンチストのようだ。


 教会に着くと⋯⋯礼拝堂に奇妙な肉の塊があった。

 挽き肉を集め、固めたようなモノが。

 しかも、何本か触手のようなモノがうねうねと動いている。


「な、何よ、これ⋯⋯」

「『魔王のゆりかご』だよ、聖女カミラ」

「ま、魔王のゆりかご⋯⋯?」

「通常の生殖行為では、我は子を為せんのだ。この肉塊には既に余の精を与えておる。あとは──母胎があれば、完成する」

「母胎⋯⋯まさか⋯⋯」

「もちろん、我は浮気する気はないぞ? 子を産むのは──妻の役目だ。そもそも普通の女なら、取り込まれた時点で絶命する。この肉塊は母体をついばみ、己の物としようとするからな。だが──」


 魔王はカミラの肩を抱き寄せ、顔を近付けて言った。


「『恒常性維持』に優れた君とは、まさに運命の出逢いだ。どれだけ啄まれようと、死ぬことはあるまい? 我は子を為す事を諦めていたが、君の存在は正に僥倖と言う他あるまい」

「そんな、約束が!」

「ん? 約束通りだろう?」


 妻として遇し──。

 それに相応しい扱い──。

 命を脅かさない──。


「あ、あああ、あああああっ!」


 手を振りほどき、逃げようとするが⋯⋯魔王は肩を抱いたまま、ズルズルとカミラを引きずり肉塊の前まで歩いた。


「では──元気な子を産んでくれ。頼むぞ、我が妻よ」

 

 魔王に背中を押され、肉塊に触れた瞬間。

 カミラの下半身は取り込まれてしまった。


「や、やだ! こんなの⋯⋯!」


 肉塊内部は見えないが、身に付けている物が剥ぎ取られた感覚があった。

 次に──。


「あああああああっ! うぁああああっ!」


 侵入される感覚と共に、苦痛と──それを塗り潰すほどの快楽、その両方が訪れる。

 それは皮肉にも、男と交わる時には相手が望む演技をしていたカミラが、初めて覚える感覚だった。

 これに身を任せてはいけない、カミラは素早く『感覚遮断』の魔法を使い、冷静さを取り戻す。

 さっきの感覚をまた与えられたら、与え続けられたら──肉体はともかく、精神がおかしくなる、その予感があった。


 その間も、身体は肉塊へと沈んでいく。


 暴食の神を使役しようとしたが、腕が取り込まれ印が組めなくなった。

 今は感覚を遮断できているが──。


 カミラの『恒常性維持』に使用する魔力は、時間経過による魔力の回復力を下回る。

 だからこちらは心配しなくていい。


 だが、『感覚遮断』を同時に使用すれば、魔力の回復が追い付かない。


 半日か、一日か。

 その均衡が破られたら──。


「やだ、お願い、魔王出して、出しなさい!」

「ん? もう我が『精』なら既に出しておるが?」

「⋯⋯こ、この!」

「ワッハッハッハッハ! 下らん冗談を申したな! ではカミラよ。子が産まれる頃にまた来るぞ? まあその時のお前は──もう今とは違っておるかも知れんがな!」


 魔王が振り返り、退出する。

 ドアが閉じられると、礼拝堂を闇が包んだ。


 暗い礼拝堂にいると、思い出す。


 ──腹を空かせ、震えていた自分を。


「わ、私は⋯⋯」


 世界を変えて、自分が──腹を空かせた子供なんていない世界にしてみせる。

 それだけだったのに、それがしたかっただけなのに。

 どこで間違えたのだろう?


 身体がどんどん沈み、肉塊へと取り込まれていく。


「た、助けて、パパ、ママ⋯⋯」


 思わず出た言葉を、すぐに頭の中で否定した。

 死者は、自分を助けてくれたりしない。


 私を、助けてくれるのは──。


 十年前。

 あの男は、いつも自分を気にかけて、助けてくれた。

 利用価値がある、そう思っていた。

 だって、私を助けると──あの男は、いつも嬉しそうだった。

 だから──。


「た、助けてよぉ! ヴァ⋯⋯」


 ──『とぷん』と音を立て⋯⋯カミラの身体は、肉塊へと完全に沈んだ。



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