第41話 謎の少女

 『感覚遮断』の魔法が解けてから、どの位たったのだろうか。


 視界は暗く、時折自らの口から強制的に漏れる嬌声──あるいは悲鳴。

 グチュグチュとした音、苦痛と快楽、それだけの世界。

 もう死にたい。

 でも死ねない。

 他者より優れた特性だと自負していた『恒常性維持』の魔法が、今も浅ましく生に執着させる。

 与えられる苦痛と快楽に、脳が焼き切れるような感覚が続いていた。

 でも死ねない。

 いや⋯⋯。


 自分はもう、死にかけている。

 少なくとも、自分を自分だと認識する能力は失いかけている。

 思考力と記憶が、ボロボロと剥がれていく。

 与えられる感覚の他には、死にたいと死ねない、この二つだけが脳内を繰り返していた。


 そんな責め苦が続く中、少しだけ、過去の記憶が頭をもたげた。

 意識が束の間の覚醒をする。

 だからこそ、覚悟した。

 ──これは蝋燭の火が消える前の、最後の激しい炎だ。


 三十年近い人生、その記憶が混ざる。

 父母と共に生きた十年。

 ひとり残され、もがいた十年。

 仮初めの家族と共に過ごした十年──。


 父母の『慎ましく生きなさい』という言葉を裏切った。

 仮初めとは言え、家族を裏切りこんな結果に至った。

 これは自らの我が儘を通し続けた結果だ。


 ──ならば、最期も我が儘を通す。


 嘲るようにカミラを一瞥し、立ち去ったあの男。

 魔王。


(アンタの子を産むなんて、それこそ──死んでもゴメンだわ)



◇◆◇◆◇◆


 

 魔王との決着がつき、しばらくしたのち。


「ヴァン殿! 無事か!」


 手勢を連れて姿を見せたのは、なんと皇帝陛下その人だった。


「へ、陛下!? なぜここに」

「いても立ってもいられずな。あの日ヴィルドレフト帝を失った悲劇を繰り返す訳にはいかん」

「だとしても、少しお立場をお考えください」

「ふっ、お主に言われたくはないわ」


 その後、掻い摘まんで事情を聞いた。

 俺が魔王の元に向かってしばらくしてから、皇帝陛下が兵を率い、王都に突撃した⋯⋯らしい。

 陛下は外交官に許可を得た直後から、毎日少しずつ転移陣で、王国内に精鋭部隊を送り込んでいたとの事だ。


 流石に西方一帯を支配する帝国、その精鋭たちは強く、城下の魔族たちは既に殆ど掃討したとの事だ。

 俺もかなり消耗しているので、ここから残った魔族たちとの戦闘はキツかっただろうし、助かった。


「それと、国王は救出した。簡単に話したが、帝国への併合を望んでいる」

「そうですか⋯⋯」


 長く続いた独立を放棄するのは忸怩たる思いだろうが、国民の事を考えての事だろう。

 あの方らしい決断だ。


「いろいろとありがとうございます」

「礼には及ばん。結局一番の武功は、魔王を滅ぼしたお主だ。ところで⋯⋯ちと城下で気になるものを発見した。ついて来てくれぬか?」

「はい」


 陛下の様子から、何かトラブルだと思いエミリアに聞いてみる。


「どうする? エミリアはここで待ってても⋯⋯」

「やだ、一緒に行く!」


 俺の手に腕を回し、しがみついてくる。


「はっはっは。仲が良いな」

「はい、めちゃくちゃ仲良しなんです」


 ニッコリ笑うエミリアを見て、じーんと心が暖かくなる。

 頑張って良かったなぁ、うん。


 そのまま城下に向かっていると、国王陛下がお見えになった。


「陛下、ご無沙汰しております」


 跪いて挨拶しようとするが、陛下は「そのままで良い」という言葉と共に、むしろ頭を下げてきた。


「ヴァン、私怨を抑え良く来てくれた。再び国を救ってくれて、そなたには感謝しかできん。それに、愚息が迷惑かけた、本当にすまなかった」

「いえ、とんでもありません。それに私は娘を救おうと思って来ただけです」


 国王陛下は俺とエミリアを見比べていたが、やがてフッと笑みを浮かべた。


「うむ⋯⋯エミリアはやはり、そなたの横がお似合いのようだ」


 それ以上何も言わず、陛下は歩き出した。

 国の跡継ぎとしてエミリアを残してくれ、と言った申し出も覚悟していたが、どうやら心配はなさそうだ。

 道すがら、王にアルベルトの事を尋ねてみた。


「アルベルトは⋯⋯誓約を違えた事により、全身が捻れておった」


 息子の死に様などあまり語りたくはないだろうが、王は答えてくれた。


 全身が捻れていた⋯⋯。

 そういえば、魔王の元に向かう途中でそんなアンデッドに遭遇したな。


「あやつ、よりにもよってお主がガルフォーネに籠絡された、などと言っておった」


 王の言葉で、牢屋で覚えた違和感に繋がった。

 アルベルトはガルフォーネの名前を呼ぶ際、何か言い淀んだ感じだった。

 もしかしたら⋯⋯奴は十年前に行方不明になったとき、ガルフォーネに絡め取られたのかも知れない。

 人間、何もないところから嘘をつく事は稀だ。

 自分自身がそうだから、という可能性はある。

 まあ、もうその真相も闇の中だが。


 皇帝陛下に連れて来られたのは、馴染みの教会だった。

 カミラとエミリアが世話になった場所だ。

 中に入ると⋯⋯奇妙な肉塊がそこにはあった。


「ヴァン、あれだ。発見した時は少し動いておったのだが、今は止まっておるな」

「ふむ⋯⋯少し調べてみましょう」


 何かのリアクションがあるかと心構えしながら、手で軽く触れてみる。

 特に反応は無い。

 次に、魔力の探知を行う。

 肉塊に魔力を流し、その反射を探る。


「む、中に人が⋯⋯いや、この魔力は⋯⋯カミラ?」


 ただ、俺の知るカミラの魔力より⋯⋯かなり小さい。

 死にかけている、という感じでもないが。


 ずぶずぶ。


 肉塊に手を突っ込み、対象を引っ張り出した。

 出てきたのは⋯⋯カミラの面影を残した少女だ。

 エミリアと同じか、少し下くらいの年頃に見える。

 衣服のサイズは大人用で、それも所々破れていた。

 どうやら気を失っているようだ。

 床に寝かせ、上着をかけた。





 

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