第33話 苦言

 顔を真っ赤にしたアルベルトが何か言おうとするのを、王は足を踏んで制止した。


「こら。止めんか」

「し、しかし」

「行動で範を示す、大事な事だ。みなお主の振る舞いを見ておるぞ。それなくして肩書きをひけらかすなど、自信の無さが露呈しておる、エミリアの申す通りだ。ましてやそれを言われて怒るのは、図星だからだ」

「⋯⋯申し訳ありません」


 表向き反省したふりをしているが、アルベルトがどこまで理解しているかはわからない。

 王族に生まれ、それを誇りにして何が悪い、とでも思っているのかもしれない。


「エミリア、他に不満は?」

「ありますけど、あまり申し上げると王子がお怒りになりそうで」


 エミリアがチラッとアルベルトの様子を窺う。


「大丈夫だ、私が何もさせない。アルベルト、お前も苦言を受け入れる器量を持て」

「はっ。エミリア、俺に気を使う必要はない。俺はそれほど度量が低い人間ではないからな」

「はい、では遠慮なく。育ての親だという事を抜きにしても、ヴァンさんは優秀な人材です。それを個人的な諍いに端を発して国外追放するなど、為政者として愚の骨頂だと思います。あとアルベルト王子はこの一年、何かしらにつけヴァンさんの悪口を言ってましたね。外に子を産ませ、自分が育てた訳でもないのに突然現れて父親ヅラして、相手の文句を垂れ流す。そんな人が血の繋がった親だというのはハッキリ言って最悪です。何より最悪なのは、それで陰で文句を言って勝った気になっている事です。正面からだとヴァンさんに勝てないからってそんなやり方、ダサすぎませんか?」

「お、おま」

「アルベルト!」

「う、うむ、よくぞ言ってくれた。それでこそ俺の娘だ、はは、ははは⋯⋯」


 王がアルベルトを窘めていると、エミリアが割って入ってきた。


「あともう一つ」

「なんだい?」

「⋯⋯私の居場所はここではありません。家に戻してください」

「それはできん」

「では、せめてこの部屋からの退出を許可してください。申し訳ありませんが私はアルベルト王子を父親だと思うには、しばらく時間が必要です」

「⋯⋯」

「今の心境を正直に申し上げれば、同じ部屋の空気を吸うのもイヤです」

「わかった。部屋を用意させよう」


 パンパン、と手を叩くと、外に控えた執事が入ってきた。

 用件を伝え、部屋を用意させた。


「ありがとうございます」


 そのままエミリアは返事を待たず、さっさと部屋を出て行った。

 


「喜べアルベルト。お前の子はしっかりしておる」

「ええ⋯⋯どうやらこれまではネコを被っていたみたいで⋯⋯」


 がっくりきているアルベルトをとりあえずフォローしてから、王は本題に入った。


「カミラが魔王城に向かった」


 落ち込んでいる様子のアルベルトが、流石に顔色を変えた。


「まさか⋯⋯何の為に⋯⋯」

「お主との結婚は許さん、と伝えたのちの行動だ。ろくな動機ではないだろうな」

「⋯⋯そう、ですか」


 アルベルトはそのまま何か考えている様子だった。

 ただ、あまりのんびりともしていられない。

 もし、事態が魔王復活などという局面を迎えるなら、アルベルトはもちろん今の王国の人員で何とかできるものではない。


「⋯⋯ヴァンを頼るしかあるまい。もちろん、こちらの要請を受けてくれる保証はないが⋯⋯魔王の脅威は人類共通だ。もしかしたらあの男なら力を貸してくれるやもしれん」

「いや、それは⋯⋯難しいかと」


 まだ面子を気にするのか、と、王は思わず手が出そうになった。

 だが怒りを抑えながら、諭すように話す。


「お主の気持ちもわかる。ただ、変な意地を張っている場合ではなかろう。もし要請に応えてヴァンが来てくれたら、お前もしっかり頭を下げろ」

「あ、ですからそれは、難しいかと」

「なぜだ?」

「申し訳ありません⋯⋯その⋯⋯ヴァンは来れないのです」


 濁し濁しのアルベルトの言葉に──王はピンと来た。


「お主、まさか勝手に『誓約書』を使ったのではあるまいな?」

「⋯⋯すみません」


 王はあまりのショックに、貧血したようにクラッと来てしまった。

 貧血どころか、頭にはタップリ血が上っているだろうに。


 大国と違い、王国にとって『誓約書』は貴重な財産だ。

 他国に預ける事で、それこそ債権代わりとして、大金の借入すらできる代物なのだ。

 王は愚かな息子に対して殺意さえ芽生えたが──まだ我慢した。


「で、何を誓約したのだ! 言え!」

「ヴァ、ヴァンの罪を布告しない代わりに、入国を禁止しました! 対価はそれぞれの命です!」

「き、貴様ーーーー!」





 ──気が付いた時には、アルベルトの首を絞めていた。

 息子は白目を剥いて失禁していた。



 

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