第32話 本音

 失われた魔法技術。

 名前の通り、現在では再現できない技術だ。

 だから人々は、技術を元に過去作製された『遺物』を利用する。

 そのうちの一つ、『約定コントラクト用の誓約書』は、特に重宝される遺物の代表である。


 約束の履行を強制するそのアイテムは、人の嘘を封じ、誠実さを強要する。

 人知を超えた、神の御業。


 そう、カミラは遺物から神を感じ取っていた。

 そして一つの推察に至る。


 『遺物』とは、何かを対価に神から与えられた物なのではないか、と。


「誠実を司りし神エリシよ⋯⋯贄を対価に、我に御身の奇跡宿りし象徴を与えたまえ⋯⋯」


 先ほど集めた『贄』を捧げ、祈る。

 しばらくすると、どこからともなく一枚の紙がひらひらと舞い降りた。

 拾い上げて確認する。

 間違いない、誓約書だ。


「さて、魔王を復活させるにしても保険がないとね」


 広間を更に進み、玉座の間、その前へと辿り着いた。

 ここ自体が強い封印にさらされていたが、暴食の神によって扉を齧り破った。

 扉の残骸を吐き出し、中に入る。


 十年ぶりに辿り着いた場所は、あの時のままだった。

 玉座の前に棺桶があり、そこに剣が突き刺さっている。

 ヴァンが魔王を蹴り入れて蓋を閉め、剣を突き刺して固定し、バーンズ老が封印を施した。

 道中はともかく、最後の戦いにおいて、カミラとアルベルトはほとんど役に立てなかった。


 棺桶にそっと触れる。


「偉大なる神、御名は『ラビヤアーク・マト』。我は時の狭間に残されし魔王『ガイロクラスト・スラール・アジャインドラス』との対話を望む⋯⋯」


 しばらくして⋯⋯カミラの脳内に、あの男の声が響いた。


『久しいな、聖女カミラ。我に何の用だ?』

『条件次第で、アナタの封印を解くわ』

『ほう、条件を言え』

『私を妻として遇し、それに相応しい扱いを。あと⋯⋯私の命を脅かすのは厳禁よ?』

『ふむ⋯⋯まあ、別に構わんが。それでいいのか?』

『ええ。それで良ければ宣誓して』


 先ほど手に入れた誓約書を懐から取り出す。


『良かろう。この忌まわしい封印の解除を対価とし、魔王ガイロクラスト・スラール・アジャインドラスは約定を結ぶ。聖女カミラを妻として娶り、相応の扱いで遇し、その命を脅かす事能わず⋯⋯これでよいか?』

『ええ』


 誓約書は効力を発揮し、燃え尽きた。


『じゃあ、封印を解除するわ』

『頼むぞ、我が妻よ』

『ふふ、ええ』

『何がおかしい?』

『魔王の妻⋯⋯良い響きね』


 




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「指示された時間待機してましたが、ロベール隊長達は戻って来ませんでした。中に入って調査するのは危険と判断し、帰還して報告させていただくのを優先しました」

「わかった⋯⋯ご苦労だった。下がってよい」

「はっ」


 部下が退出するのを見届けてから、王はため息をついた。

 おそらく⋯⋯ロベール達は返り討ちにあったのだろう。

 だとすれば、カミラが中で行う事は⋯⋯ろくなものではない。

 何か対策をしなければ。


 そのまま、謹慎中のアルベルトの部屋へと向かう。

 愚かな息子だが、魔王と戦った経験者だ。

 相談する相手としては適任だろう。


 アルベルトの部屋に入室すると⋯⋯保護したエミリアと向かい合わせで座っていた。

 

「邪魔するぞ」

「父上、ご足労ありがとうございます」

「良い、二人とも座っておれ。私も座る」

「⋯⋯」


 エミリアは座ったまま、居心地が悪そうに黙っていた。


「いやぁ、エミリアと何か話せればと思っていたのですが、どうやら緊張しているようで」

「ほう、エミリア。緊張しているのかい?」

「いえ、そういう訳では」


 短く答えたまま、彼女はまた黙ってしまった。

 オロオロとするアルベルトは放っておいて、王は努めて優しく話し掛けた。


「エミリアすまないな。私も事情を知ったのはつい最近でな」

「はい、あ、いえ、別に王様『は』悪くないと思います」


 王様は、という言い方に、ややトゲが混じっている気がした。

 もう少し、そのあたりを聞いてみる。


「エミリアや」

「はい」

「事情はどうあれ、今後私たちは家族として過ごさねばならん」

「でも、ママはパ⋯⋯ヴァンさんと話すと言ったきり、どこかへ行ってしまいました。ここにお世話になるのはどうなんだろうと思います」


 受け答えがしっかりした子だ。

 頭が良いのだろう。

 父親に似ずに良かった、と思いながらも王は続けた。


「お前のお母さんはしばらく帰ってこなそうだ。それで、ここで過ごすにあたって⋯⋯何か不満はないかい?」

「ない、と言えば嘘になります」

「ほう。言ってみなさい」


 王が促すと、エミリアはチラッとアルベルトの様子を窺った。

 

「エミリア、遠慮しなくていい。父上もこう仰せだ」

「わかりました。国王陛下の御命令とあれば」

「ははは、そんな堅苦しくしなくて平気だ」

「はい、じゃあ⋯⋯」


 エミリアは手を口の前にかざし「んっ」とかわいく咳払いしたのち、不満を語り始めた。


「アルベルト王子」

「いや、父上とか、お父さんと呼んでいいんだよ?」

「アルベルト王子。初めてお会いした時、『次期王の子供で嬉しいかい?』とご質問されましたよね?」

「ああ、それに対して君は⋯⋯」

「ああいうの、マジでダサいので止めた方が良いと思います」

「⋯⋯えっ?」

「なんか『俺は中身が無いから、肩書きで勝負する』みたいな感じしちゃうので、聞いているこっちが恥ずかしいです。ヴァンさんは『救国の勇者』と呼ばれても、それをひけらかしたりしませんでした。少しは見習ってください」

「お、おま」


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