第34話 魔王復活

 メイドから手渡されたドレスを胸元に合わせながら、マリアベルが聞いてくる。


「ヴァン様、このドレスはどうでしょう?」


 ちなみに四着目だ。

 俺の答えは、一から三着目と一緒だが⋯⋯。


「うん、とても似合うよ」

「もう⋯⋯ヴァン様そればっかり」

「仕方ないだろう。全部似合うんだから」

「んふっ」


 マリアベルの誕生パーティーが迫ってきた。


 カルナックの話だと⋯⋯。

 どうやら帝都では、アルベルトと彼女の婚約が破棄された、と、すでに噂になっているらしい。

 そして、新たな婚約者がパーティーで発表されるだろう、とも。

 まあ俺が相手な訳だが、やや現実感が乏しい。

 もちろん彼女の気持ちは嬉しいし、相手として不足なんてないどころか『俺なんかでいいのか?』という気持ちが強い。

 

 しかし結婚、か。

 まさか自分が二度もするとは思っていなかったな。

 やや状況に追い立てられている、と感じる部分もあるが⋯⋯。


「あの、ヴァン様」

「ん?」

「その⋯⋯やはり退屈でしょうか?」

「そんな事ないけど、なぜ?」

「それなら良いのですが⋯⋯殿方は女性のドレス選びに付き合うなど退屈かな? と思いまして」

「詳しくないから、言える事が少ないだけさ。ただ、楽しそうにしている君を見るのは楽しいよ」

「もう、ヴァン様はお上手ですね」


 マリアベルが嬉しそうに笑う。

 まあ実際の所、こんなにのんびりしてて良いのか? みたいな罪悪感があるんだが。

 なんだかんだ、ずっと働きづめだったし。


 あとは──マリアベルとの結婚に、打算的な気持ちが、つまりあの二人への復讐心を満たすためなんじゃないか? という負い目もある。


 カミラやアルベルトのせいで投獄までされた俺が、気が付けば皇女との結婚。

 少し変わった人生ってのは自覚があるが、それでも何があるかわからないもんだ。


 カミラは俺に対して、一度も愛情を抱かなかったらしい。

 小さい頃は「パパ大好き!」と言ってくれた娘にも、ここ最近は鬱陶しがられていた。

 だから⋯⋯マリアベルに必要とされている、という事で何か満たされるような心境だ。


 俺ではなくアルベルトを選んだカミラ。

 一方、アルベルトではなく俺を選んでくれたマリアベル。


 お前が俺の女を取ったから、俺もお前の女を取る、そんな気持ちがあるのではないか?

 だから今、マリアベルに対して感じ始めているこの気持ちは錯覚なのでは? そんな心配がないともいえない。

 考え過ぎかもしれないが。


 マリアベルが八着目のドレスの感想を俺に聞いた時、陛下からの伝言を携えた執事がやってきた。


「ヴァン様、マリアベル様、王国から使者が参りました。陛下から、お二人も同席するように、と」


 マリアベルと顔を見合わせる。

 おそらく婚約破棄に関する事だろうが⋯⋯まだ俺達の関係は公表できないはずだが。


「俺も参加して良いのか?」

「はい、むしろ⋯⋯あちらの御用向きはヴァン様のようで」

「俺に⋯⋯?」


 よくわからんが⋯⋯もしかしたら、国王陛下がアルベルトの行いを知り、何かしら言ってきたやもしれん。


「わかった。どちらにせよ陛下をお待たせする訳にもいかないしな」


 急ぎ城に向かい、案内に従う。

 会談の場所に到着すると、何やら思った以上に緊張感が漂っていた。


「お待たせしました」

「おお、ヴァン。よくぞ来てくれた。どうやら⋯⋯大変な事になってしまった」

「といいますと?」

「使者殿、再度説明を」

「はっ」


 使者として来たのは、王国騎士団の人物だった。

 名前は知らないが、顔は見たことがある。


「ヴァン様──魔王が復活しました」

「何だとッ!」

「三日前⋯⋯魔王はカミラ様を伴い、王城を強襲して来ました」

「カミラを? どういう事だ⋯⋯いや、まさか」

「はい。恐らく魔王を復活させたのは⋯⋯カミラ様です」

「何を⋯⋯考えているんだ⋯⋯」

「私は王命により、すぐにヴァン様へ報せるようにと。なので現在王城がどうなっているのかは把握しておりません⋯⋯王はヴァン様の救援を希望しておられます」


 国王陛下は、本当に良くしてくれた。

 その恩に報いたい、という気持ちもある。

 だが⋯⋯。


「無理だ」


 俺の代わりに、皇帝陛下が返答した。


「あまりにも情報がない。そんな所にヴァンを単身で行かせるわけにはいかん。詳しくは言えないが、ヴァンは最早帝国にとって欠かせない人物なのだ。そもそもアルベルト王子はヴァンに誓約を押し付け、二度と彼の地を踏ませない、と約束コントラクトの儀式を行ったそうではないか。ヴァンは王国に足を踏み入れれば死ぬと聞いておる」


 ⋯⋯まあ、それに関しては俺は無視できるのだが。

 ただそれは、俺の『呪い無効』の特性をバラす事にもなる。

 もちろん魔王が復活したとなれば何かしらの対処はするが、今すぐ手の内を明かす義理はない。

 陛下の追及はさらに続いた。


「もし魔王復活が狂言で、婚約破棄された腹いせにヴァンを害そうとしている、という可能性さえある。そのくらい、余は貴国に対して不信感を持っておる」


 さらなる陛下の追及に、騎士が答える。


「はい。その二点ですが⋯⋯前者については事情を預かり知らぬ身としては、何も申せません。ただ、後者に関してはご報告が」

「なんだ?」

「アルベルト王子は、その、既に⋯⋯」

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