第24話 五年前※後半皇女視点
皇帝陛下とお会いした日から、陛下の勧めで別宅に逗留している。
陛下は聖杯とやらの準備や政務をこなす為に城に戻った。
別宅には俺、カルナック、マリアベルと数人の護衛がいるのみだ。
婚約したとはいえ、若い娘さん──この言い回しだと俺がオッサンみたいだけど──と一つ屋根の下ってのはなんか落ち着かない。
今日もマリアベルの朝の日課であるランニングに付き合った。
彼女はなんと一時間近くランニングをする。
なかなかの体力だ。
走り終えてから、一緒にお茶を飲むのもまた日課となりつつある。
「先ほど御父様から、正式にアルベルト様へと婚約破棄を通達した、と連絡がありました」
「そっか」
「ええ。これで私達の結婚に何の障害もありません」
「そう、だね」
二人と最初に話した時からも感じていたが⋯⋯マリアベルはかなり積極的だ。
俺の自意識過剰じゃなければ、どうもこちらを憎からず思ってもらえてるみたいだ。
勘違いだと恥ずかしいのでなかなか聞けなかったが、ここ数日で確信めいた物を感じている。
「マリアベル」
「はい」
「その⋯⋯なんて聞けばいいのか」
「私に遠慮せず、ハッキリ聞いて頂いて結構ですよ?」
「⋯⋯君から、俺に対しての好意を感じている」
「はい、五年前にお会いした時からお慕い申しあげております」
「そう⋯⋯なの?」
「はい」
五年前といえば、アルベルトとの顔合わせをするために彼女が王国を訪問してきた時だ。
確か十日間の滞在で、国王陛下から依頼されその間の護衛は俺が勤めた。
「当時、私とても太っていましたでしょう?」
「あー、うん」
「ふふふ、気を使わなくて結構です。過食が止まらなかったのです、日々のストレスで」
「確か当時もそんな話をしてたね」
「ええ⋯⋯皇女として産まれ、周囲から色々な期待をされて、それを裏切りそうになるのがストレスで、過食が止まらず、それが周囲の期待を裏切っているようで、また過食⋯⋯と悪循環にありました」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アルベルト王子と初対面。
彼は私を見て、表に出さないよう努めながらも、明らかにがっかりしていた。
当然だろう。
貴族同士の結婚では、相手を選べない。
彼からすれば、こんな醜く太った女をあてがわれるのだ。
彼の冷え切った目が、将来の冷え切った夫婦生活を連想させた。
また私は、人の期待を裏切ってしまった。
それがまたストレスで⋯⋯私は夕食を食べたあとだというのに、持参したクッキーを貪っていた。
メイド達がうるさいので、部屋から抜け出し、廊下の陰で。
そこを、ヴァン様に見られてしまった。
夕食が終わったばかりだというのに、人目を盗んでお菓子を貪る女。
恥ずかしくて死にそうだった。
「あの、これは⋯⋯」
「お、美味しそうなクッキーですね。一枚頂いても?」
「あ、はい、どうぞ⋯⋯」
私がクッキーを手渡すと、ヴァン様はパクッと頬張ったのち、笑顔を浮かべた。
「うん、美味しいですね! もしやこれは皇女様のお手製ですか?」
「はい、メイド達からはその、間食が禁止されているのですが⋯⋯厨房に忍び込んで、自ら作っております」
「そうですか、凄いですね! おっとそうだ、こんな所にいるのもなんなので、アッチの部屋に行きましょう。使ってない部屋があるのです」
ヴァン様に案内された部屋は、元々使用人の為の部屋のようだった。
「じゃあ、ここで待っていてください」
「でも、私、部屋に戻らないと」
「大丈夫ですよ。メイドさんたちにはあとで俺から言いますから」
ヴァン様は一度退出したのち、どこから用意したのかお茶のセットを運んできた。
「こんなに美味しいクッキーなんだから、それだけじゃもったいない。お茶も一緒に飲みましょう」
「はい、その、ありがとうございます」
「お茶を確保してきた褒美を頂いてもよろしいですか?」
「褒美? 何を⋯⋯」
ヴァン様はイタズラっぽい笑顔を浮かべながら、褒美の品を所望してきた。
「もう一枚、クッキーをください」
「くすっ⋯⋯はい」
彼が淹れたお茶を飲みながら、クッキーを食べる。
貪るようにではなく、ゆっくりと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます