第23話 カミラの野望※汚嫁視点

 国王から呼び出しを受けたカミラは、伝令の兵士に神妙に答えながらも、内心で快哉の声を上げていた。


 遂にこの時が来たのだ、と。


 地方で教会を営んでいた両親は、思うように寄進が集まらないにもかかわらず、村人に自らの食料まで施し、餓死した。

 王都から派遣され、死体を検分した宣教師は両親を「聖人」だと呼んだ。


 バカバカしい、と思った。

 

 両親はただ、腹を減らして死んだだけだ。


 同じく餓死寸前に発見され、王都の教会に引き取られたカミラは、必死で聖魔法を勉強した。

 近所に住んでいた鍛冶屋のオジサンの言葉を思い出したからだ。


「手に職をつけりゃあ、食いっぱぐれねぇ」


 両親がよく語ってくれた『神の教え』より、よほど実践的に思えた。

 両親は教会に所属していたが、魔法は一切使えなかった──どころか、字もろくに読めなかった。

 なのに聖書はそらんじる事ができたのだから、滑稽だと思う。

 何の役にも立たないのに。


 治癒の魔法は難しいが、その分需要がある。

 この技術さえあれは、まずこの先困る事はないだろう、と考え必死で勉強した。

 下級神官では目を通す事が叶わないような貴重な書物は、持ち主に身体を対価として写本させて貰った。

 表では立派な聖人たちも、カミラを見れば好色そうな表情を浮かべる。

 そんな時は亡き母に感謝した。

 こんなに優れた容姿を残してくれてありがとう、と。


 二年経過し、王都の教会で一番の聖魔法の使い手となった頃、王子が魔王討伐のパーティーを結成するためのメンバーを募っていると聞いた。

 

 王子に近付ける機会などそうそうないだろう。

 命を懸ける価値がある、と思った。


 王子の妻になれば、生活に困る事などないだろう。


 一緒に行動し始めると、王子は明らかにカミラへと性的な興味を示していた。

 一方、なかなか手を出して来ない。


 だが、魔王城に入ってアルベルトが三日ほど行方不明になり、大事をとって一度近隣の村まで撤退した日の夜。

 彼はカミラの寝所に潜り込んできた。

 敵地で孤立してしまった事で、人肌が恋しくなったのだろう。

 一生懸命、ウブな女を演じた。


 その頃にはアルベルトは諦め、ヴァンに『妥協』しようと思っていたが、ギリギリ間に合った。

 

 あの日から十年。


 王から直接招聘されたとなれば、おそらくアルベルトとの関係を聞かれるのだろう。

 あの男は、目の上のたんこぶともいえる王が病に伏せている事で、最近明らかに増長している。


 それまではカミラとの関係がバレないように、とコソコソしていたのだが、大胆に城に呼びつけるようになった。

 周囲の人間も次代の王たるアルベルトが恐ろしいのか、誰も諫言しない。


 だからこそ、カミラは噂になるように、必要以上に声を上げてあの男を喜ばせてやった。

 そしてあの男は、ヴァンを放逐するという暴挙に出た。

 さすがに目に余った誰かが、王に報告したのだろう。



 やっと計画が実を結ぶ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 


「すまんな、カミラ。余の体調が優れぬゆえわざわざ来て貰って」

「いえ、陛下のお呼びだしであれば、いつでも駆けつけます」


 王は──かなり疲れている。

 切れ者の印象がある王が、考えあぐねている、といった様子だった。


「カミラ、アルベルトとの関係はいつからだ」

「もう、十年になります」

「そうか⋯⋯そんな前から」

「はい、陛下に黙っていたのは本当に申し訳ありません」

「きっかけは?」

「寝所にいらっしゃり、王子から求められました。もちろん抵抗も考えましたが、回復魔法しか能の無い私が、偉丈夫であるアルベルト様に抵抗しても⋯⋯と思い、そのまま⋯⋯その、純潔を奪われてしまいました⋯⋯」

「そうか⋯⋯それは辛い思いをさせたな、すまなかった」

「いえ。それから王子にはたびたび求められました。私はヴァンとの結婚が決まっておりましたが、ゆえに知られるのが恐ろしく⋯⋯今日までズルズルと関係を続けてまいりました」

「左様か⋯⋯」


 そのまま王はしばらく考え込んでいた。

 だが、義理堅い王が出すであろう結論には予測がつく。

 だからカミラは、その言葉を待つ。


「わかった。カミラさえ納得してくれるなら、アルベルトにはキチンと責任を取らせよう」


 王の言葉の意味はすぐに理解できた。

 だが、あえてとぼけて聞き返す。


「⋯⋯その、責任、とは?」

「そなたさえ同意してくれるならば、アルベルトの妻として迎えよう。もちろん、運命を狂わせたアルベルトと夫婦になるなどイヤだ、と言うならば他に考えるが」


 来た。

 だが、すぐに飛びついてはいけない。

 

「⋯⋯その、しばらく考えさせていただく、というのは⋯⋯」

「もちろんだ。気が済むまで考えて貰って結構だ。あと⋯⋯一応いっておくが、正妻として迎え入れるつもりだ」


 正妻!

 皇女との結婚後、側室として⋯⋯という話だと思っていたが、これは思わぬ僥倖だ。

 だが、もちろん表情には出さず、困惑した様子を演じた。


「せ、正妻と申されましても⋯⋯王子は、帝国の皇女様と⋯⋯」

「いや、その件は御破算となった。恐らく修復は難しいだろう」

「まあ、なんと⋯⋯」

「恐らく⋯⋯ヴァンが関わっておる」

「ヴァンが?」

「うむ。もうこうなったらカミラ、君には伝えておこう。ヴァンはな⋯⋯恐らく前皇帝、ヴィルドレフト帝の息子だ」

「⋯⋯えっ?」

 

 ヴァンが?

 あの帝国の、しかも先帝ヴィルドレフトの息子?


 その後も王はいろいろと語っていたが──あまり頭に入って来なかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 とにかく少し時間を、とだけ言い残し、カミラは自宅へと戻ってきた。

 自分は、なんという事をしてしまったのか。


 知らなかったとはいえ、これは取り返しのつかない、大きなミスだ。


 普段なら帰ってすぐエミリアを呼ぶが、その気力もない。

 フラフラと家の中を進む。

 そしてノックもせず、エミリアの部屋を開けた。


「マ、ママ!?」


 娘は──胸に持っていたものを、慌てて背中に隠した。

 カミラは無言で近づき、エミリアからそれを奪う。

 娘が持っていたのは、ヴァンの服だった。


「マ、ママ、これは、その⋯⋯」

「あら、ヴァンの服じゃない」

「う、うん、そう、ごめんなさい、ヴァンさんの」

「ヴァンさん? ふふふ、エミリアはおかしな事言うのね⋯⋯パパ、でしょ?」

「えっ⋯⋯」

「ママ思うんだけど。血の繋がりはもちろん大事よ? でもそれ以上に──十年も一緒に暮らしたんだもの。そっちの方がずぅーっと大事だと思うの。エミリアもそう思うでしょ? だからヴァンの服を大事に持っていたのよね?」

「⋯⋯う、うん」

「パパはね、そのへんをちょっと誤解しちゃったんだと思うの」

「誤解⋯⋯?」

「うん。だからママ──パパと話し合ってくるわね」

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