第22話 フルスイング(※アルベルト視点)

 もしヴァンの出自が皇帝に連なる存在なら、何としても──己の失態を隠蔽するしかない。

 全力で誤魔化してみせる。


「病に伏せる父上に心配かけまいとご報告が遅れましたが⋯⋯ヴァンは我が国を出奔いたしました」

「何っ!? いつだ!」

「二週間ほど前になりましょうか。ヴァンが王族の居住区に侵入し、私に対して害意を向けましたため、やむ終えずこれを取り押さえ投獄したところ、牢を抜け逐電してしまい⋯⋯」

「害意だと⋯⋯バカな、お主はヴァンに何か怨みを買うような事をしたのか?」

「身に覚えはありませんが、もしかしたらカミラ殿との仲を疑われたのやもしれません」

「⋯⋯どういう事だ?」

「最近、父上の健康状態を相談するために、度々彼女を城に招いておりました。それを勘違いしたヴァンが、という可能性が一つ。もう一つは⋯⋯」


 ここであえてアルベルトは言い淀むフリをした。

 事は重大だ、と思わせるために。


「なんだ、早く申せ」

「憶測が混ざるのは御容赦頂きたいのですが⋯⋯もしかしたらヴァンは、あの魔女に『籠絡』されたのやもしれません⋯⋯」

「魔女⋯⋯ガルフォーネか?」

「左様です。ヴァンは長年ヤツを追っていました」

「知っておる。依頼したのは私だからな」

「はい。御存知のように、あの魔女に籠絡された男は数しれません。もしかしてヴァンもその毒牙にかかったのやも⋯⋯」


 真剣に訴えかけるアルベルトを、父はジッとみていたが、しばらくして名前を呼んだ。


「ふむ⋯⋯アルベルトよ」

「はい」

「あそこにある杖を取ってくれ」


 息子の推理を聞いた王は、壁にかけてある杖を指差した。

 儀礼時などに使用する杖で、装飾が多い。

 実用的ではないが、美術品としての価値は一級なので、外交の場に調度品として飾ってあった。


「あれですか? もし体調が優れないという事なら、私が支えるか、代わりの杖を用意させますが⋯⋯?」

「いや、あれで良い」


 有無を言わせぬ感じだった。

 仕方なく壁から外し、手渡す。


 杖を受け取った王は、なぜか地面を突く側──つまり石突いしづきを握った。


「あの、父上握るのはそちら側では」

「いや、これでいい。ではアルベルト、ここに立て。そして一切動くな」

「⋯⋯? はい」


 指定された場所に立つと──父は杖の石突を両手で持ち──棍棒を振り回すようにフルスイングしてきた。


 ゴッ!


 杖の本来の持ち手、多数の装飾がある部分がアルベルトの頬にヒットした。

 健康状態や年齢を感じさせない見事な一撃で、アルベルトは口から血を吹き出しながら、たまらずその場に倒れた。


「ひ、ひひふえ、な、なにほ」


 王の勢いはそれで止まらず、そのまま地面に倒れたアルベルトに向けて、何度も杖で殴りつけながら叫ぶ。


「その場凌ぎの嘘で私を謀ろうとしおって! お前の言葉で理解したぞ! お前はよりによってカミラに手を出し、ヴァンの怒りを買ったのだな⋯⋯この、バカ息子が! 本当の事情を一から話せ! あとで裏取りもするからな! 次に嘘をついたらお前は廃嫡だ!」


 父の言葉と、ゴッ、ドスッ、と響く打撃音を耳にしながらアルベルトは頭を守るようにうずくまった。


 バレた。

 言い返す事も叶わない。

 

 しばらく殴っていると、王は「ハァハァ」と肩で息を始め、そのまま杖を取り落とした。

 

「誰かある!」


 父が呼ぶ声に、部屋の外から護衛の騎士が数人入ってきた。

 騎士たちはアルベルトの姿を見てギョッとした表情を浮かべたが、すぐに動揺を抑える。

 ひとりが代表して質問した。


「陛下、いかがなさいましたか」

「このバカ息子は謹慎だ! しばらく部屋から出すな! あとカミラを呼んでこい、余自ら聞き取りをする!」

「はっ」

「ちなみに⋯⋯お主らはこのバカとカミラについて、何か聞き及んでおるか?」


 王の質問に、兵たちの間に再度動揺が走った。

 アルベルトは目で『余計な事は言うな』とサインを送ろうとしたが⋯⋯。

 父はこちらを見ると──。


 ガンッ!


 今度は顔を足蹴にしてきた。


「お主、まだ隠そうとしておるのか!?」

「いえ、ご、誤解です!」

「よいか、お主らも隠すとためにならんぞ?」

「は、はい! その、王子が度々カミラ様を城に招き入れ、その、夜な夜なお楽しみなのではないか、と城内では噂になっております!」

「⋯⋯なんという、事だ」


 王は疲れたように席へ座り込んだ。

 そのまま部屋を沈黙が支配する。

 しばらく父は天を仰ぎ見るようにしていたが⋯⋯。


「何をしておる、誰ぞカミラを呼びにいかんか!」

「はっ!」

「こらこら、全員で行こうとするな。ひとりで良い」


 この場に誰も残りたくない、兵たちからはそんな雰囲気を感じた。 

 だが王の言葉もあり、仕方なく出口に近いひとりが退出した。


「では残りはこのバカ息子を部屋に送れ。私は⋯⋯ちと疲れた。先に部屋に戻る」


 そのまま、父は部屋を出て行った。

 バタンと扉が閉められ、立ち去る足音が小さくなると⋯⋯アルベルトは先ほど余計な事を言った騎士へと恨み言を飛ばした。


「貴様、余計な事を!」

「もうしわけございません! ただ、陛下の御言葉を無視する訳にも⋯⋯」

「うるさい! いいかお前、俺が王になったら⋯⋯」


 アルベルトは最後まで言えなかった。

 父が──小さくドアを開け、覗き込んでいた。

 ドアは再び開かれ、王が入室してくる。


「私が昔は『密偵スカウト』の技術を修めていた事を忘れたか?」 

「あ、いえ⋯⋯」

「で、お前が王になったら、なんだ?」

「⋯⋯」


 アルベルトが遂に言葉を失うと⋯⋯。

 父は地面に落ちていた杖を拾い上げ──またフルスイングしてきた。

 

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