第21話 王の慧眼(※アルベルト視点)
「アルベルト」
帝国の使者との会談場所に向かっていると、肩越しに声を掛けられた。
アルベルトは急いで振り返った。
城内で彼を呼び捨てできる人物は一人だけだ。
「父上、どうされました?」
「今日は体調が良い⋯⋯私も会談に同席しようと思ってな」
「左様ですか、是非」
体調が良い、と言いながらも王の顔色は優れなかった。
少し無理しているのだろう。
それは、まだまだ自分が子供扱いされているようで不満だった。
とはいえ、使者の対応くらい自分ひとりでできる、と強がって、父の機嫌を損ねるつもりもない。
父と歩く道中、使者の用事をあれこれと想像する。
恐らく、なかなか日取りが決まらない皇女の輿入れに関してだろう。
王国側からは、いつでも受け入れる態勢にあると何度か打診している。
だがその都度、今しばらくと返答が来ていた。
ただ、皇女ももう少しで二十歳。
貴族同士の結婚だとやや遅いくらいだ。
流石にこれ以上延長される事はないだろう。
アルベルト本人が前向きか? と問われれば別に、だ。
皇女とは二度対面しただけだが、やや痩身でありながらも胸が大きく魅力的なガルフォーネとは違い、全体が太ましい女だ。
いや、ガルフォーネに比べれば、あらゆる女が見劣りするのは仕方ない事ではある。
もともと皇女と結婚するのも、国の為を思えばだった。
王族として、結婚相手が自由に選べない事なんて子供の頃から理解している。
貴族同士の結婚など、結局の所権力基盤の強化だ。
だからこそ、先々帝国を自分の後ろ盾とするためにも、危険な魔王討伐に参加し、武功を立てたのだ。
のちに、帝国に対して皇女との婚姻を打診した際、元々武門の出であるジャミラット帝は「英雄と縁がもてるのなら是非にも」と、二つ返事で承認したという。
こちらの思惑通りだ。
そして仮に魔王が復活し、この国を献上するとなれば、皇女は帝国に対して有効な人質となるだろう。
きっとガルフォーネも喜んでくれるはずだ。
「アルベルト、どうした? 上の空のようだが」
今後について夢想していると、会談場所に着いていたようだ。
「も、申し訳ございません。少し考え事を」
「全く。そんな事だから任せられんのだ」
「⋯⋯申し訳ございません」
ちっ、と心の中で舌打ちしながら中に入る。
そもそもこの縁談自体、アルベルトが命懸けで勝ち取ったものだというのに、感謝された覚えもない。
まあ、それももう少しの我慢だ。
部屋に入り、帝国使者と型通りの挨拶を交わしたのち、向こうが用件を切り出してきた。
「皇帝陛下は、アルベルト様とマリアベル様の婚姻を白紙に戻す、と仰せです」
「⋯⋯はっ?」
「ですから、婚約は解消させていただく、という事になります」
「な、なぜ?」
「理由は私も伺っておりません」
「そ、それは流石に⋯⋯」
失礼だろう、という言葉が喉まで出掛かった。
そんなアルベルトを、父が腕で制してきた。
「御用向きは確かに伺いました。皇帝陛下のお言葉となれば撤回も難しいとは存じますが⋯⋯アルベルトも皇女様との婚約を遵守するために、この年まで妾も側に置かず独身を貫いてきました。その誠意に免じて、こちらから陛下に使者を送る事を御容赦願いたい」
「わかりました。要望はお伝えしておきます」
「ありがとうございます」
用件が済み、使者はさっさと退散した。
アルベルトは慌てて王に聞いた。
「父上、い、いったいどういう事でしょうか?」
「わからん。皇帝陛下は筋を違える御方ではない。このような一方的なやり方は腑に落ちぬが⋯⋯まあ良い、私に良い考えがある」
「さ、流石は父上です。で、そのお考えとは?」
「うむ。ヴァン・イスミールをここに呼べ」
「⋯⋯え」
「惚けておる場合か、ヴァンを呼ぶのだ」
突然出された名前に、アルベルトは驚く。
ヴァンの事は、普段寝室に籠もりがちの父にはまだ報告していなかった。
「し、しかし」
「なんだ?」
「せめて、先にお考えを御教授頂きたく⋯⋯」
「⋯⋯仕方ない、他言は無用だぞ?」
「はい」
「ヴァンはな⋯⋯恐らく先代皇帝、ヴィルドレフト様の縁者だ。隠し子の可能性もある」
「な、なんと」
できるだけ声に動揺を出さないようにしたが、それでも身体は震えた。
内心の動揺はそれ以上だ。
ヴァンが、ヴィルドレフト帝の子?
「ち、父上を疑う訳ではありませんが⋯⋯なぜ、そのように思われるのですか?」
「私は昔、ヴィルドレフト帝に一度拝謁しておる。ヴァンにはその面影がある。年齢もヴィルドレフト帝の崩御した年から逆算すればだいたい合っておる」
「それが理由と⋯⋯?」
「あほう。以上の理由から、以前バーンズ老に私の予想をぶつけたところ、明確な回答は無かったが、一言『そのお考えは、他言無用でお願いします』と請われたのだ。その時に確信した」
「な、なぜ今まで⋯⋯せめて私には⋯⋯」
「ふん、お主はまだ若い。ヴァンに対する態度などが変わってしまう可能性があるからな。あとこの様な切り札の切り方をするにも、経験が不足しておる。取っておきの手札というのは、身内だろうとできるだけ秘するのだ。よい勉強になったであろう?」
ガラガラと、足元が崩れるような感覚がした。
父の予想通りならば、この婚約破棄はまさしくヴァンの意向が働いているのではないか?
身体が小刻みに震えた。
アルベルトの様子を興奮だと捉えたのか、父はさらに続けた。
「つまり、ヴァンに使者として出向いて貰い、我が国が如何に彼を厚遇しているか、という感謝を語って貰う。ジャミラット帝もヴァンを一目見れば、その出自が気になるはずだ」
「⋯⋯」
「そして帝国には、血の繋がりを証明する神具があるという。もしそれでヴァンの出自が判明し、ジャミラット帝がこれまで先帝の子を庇護してきた我が国に感謝の念を抱けば、あるいは此度の婚約破棄も撤回なさるやもしれん」
「⋯⋯な、なるほど」
「よし、わかったな。ではヴァンを招聘せよ」
話し終えたとばかりに、王はアルベルトの次の言葉を待った。
だが、アルベルトは声が出せない。
頭の中でなんとか打開策を考えるが──何も思い付かない。
アルベルトは覚悟を決めた。
「何をグズグズしておる?」
「ち、父上⋯⋯大変申し上げにくい事が⋯⋯」
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