第20話 十年前、魔王城にて(※アルベルト視点)

 東部諸国の一部が魔王によって支配されて三年。

 アルベルト率いるパーティーが、遂に魔王城へと潜入した。

 魔王軍の幹部たる四天王は既に三体討ち滅ぼし、残るは魔女ガルフォーネと首魁たる魔王のみ。

 王子であるアルベルトが魔王討伐に参加したのは、功績が必要だからだ。


 帝国との婚姻。

 国力に差がある国同士で、五分の婚姻に持ち込むため、武功を上げる。

 それがアルベルトの目的だった。


 そして──悲劇は起きた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「クソ、転移トラップとは⋯⋯」


 魔王城に入ってしばらく、アルベルトは罠にかかってしまった。

 強制的に別の座標に跳ばされる、転移の罠。

 敵の本拠地で孤立。

 これは──死を覚悟しなければならない。


 通常転移トラップの先には、大勢のモンスターが待ちかまえている。

 剣の腕に覚えがあっても、魔法が使えないアルベルトに、多数の敵を一度に相手をする殲滅力はない。


「敵の数は⋯⋯」


 気配を探る⋯⋯が。


「おかしいな、何も気配がしない」


 いや、と。

 直前の独白を脳内で否定する。

 足音がした。

 相手は気配を隠す様子もなく──こちらに歩み寄ってきている。

 しばらくして、曲がり角から接近者の姿が見えると同時に、相手から声をかけてきた。


「あら、アナタだったの。ヴァン・イスミールが良かったのだけど」


 最悪の相手だった。

 不死の魔女、ガルフォーネ。

 他の四天王との戦いを思い返すが──その誰もがアルベルト単独で倒せる相手ではなかった。

 それでも、おめおめとやられる訳にはいかない。

 剣を抜こうとした、瞬間。

 気が付けは、ガルフォーネはアルベルトの眼前まで接近しており、こちらの顔を覗き込んできていた。


「あら、そんなに緊張しないで? 何も取って食べようって訳じゃないんだから」


 そのままガルフォーネは、アルベルトの頬を手でさすってきた。


「ねぇ、ぼうや」

「な、なんだ⋯⋯」

「アナタ⋯⋯女を知ってるの?」

「ば、バカに、するな⋯⋯」

「ふうん?」


 頬にあったガルフォーネの手が、首、胸と下がっていき、腹を這い、そして──。


 ギュッと、掴まれた。


「本当に?」

「や、やめろ⋯⋯」

「やめていいの?」

「あ、当たり前だ⋯⋯」

「ふふふ⋯⋯じゃあやめてあげる」


 ガルフォーネが手を離す。

 そして、再度握りなおして来た──今度は、アルベルトの手を。


「ねぇ。アッチに良いところがあるの。一緒にいきましょう?」


 噂には聞いていた。

 これが魔女の『籠絡』だ。


 恐らく今、自分に対して魅了系の魔法を使用しているはずだ。

 危なかった。

 バーンズ老によって作成された、魅了対策のアクセサリーを身に付けていなければ骨抜きにされるところだった。


(魔女め。不死だかなんだか知らんが、誘いに乗ったフリをして、油断したところを斬り捨てやろう)


 そう。

 アルベルトは誘い乗ったふりをした──ハズだった。



 ──魔女と過ごして3日。

 アルベルトはパーティーに再度合流した。

 奇跡の生還を、誰もが喜んでくれた。


「本当に⋯⋯本当に、良かった!」


 一番喜んでくれたのは、ヴァンだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇



 ガルフォーネに言わせれば、アルベルトは『保険』だった。

 魔王との戦いにおいて、アルベルトは流石に裏切ったりはしなかった。


 だが、本当の苦悩は戦いを終えた後にやってきた。


 性を覚えたアルベルトはあれ以来、色々な女を抱いてきた。

 だが、あの3日間を超えるものはない。

 むしろ、他の女を抱けば抱くほど、ガルフォーネの素晴らしさがわかった。


 そんなアルベルトの心境を確信していたのだろう。

 しばらくして、ガルフォーネが姿を見せた。


「あなたが私のために動いてくれたら、また同じ事してあげるわ」


 アルベルトは逆らえなかった。

 彼女から時折届く指示通りに、アルベルトは動いた。

 年に一度は姿を見せてくれた。

 ただ、ギュッと握るだけで立ち去ってしまう。


 十年。

 十年も焦らされている。


 彼女の指示は明快だ。

 ヴァン・イスミールを排除し、アルベルトが国を受け継ぎ、魔王復活の暁には国を献上する。


 ガルフォーネに言われた通りヴァンに依頼し、罠に嵌めて殺そうとするも、あの男は切り抜けてしまう。


 ただ、排除の方法はそれだけではない。


 カミラが打算的で、パーティーを組んでいた頃からアルベルトを利用しようとしている事には気付いていた。

 ヴァンの弱点とするため、自分の女とした上であてがう。

 これもガルフォーネの指示だ。


 間違いない形で心理的なダメージを与えるために、子供まで産ませた。

 それを知ったガルフォーネは「アルベルト、良くやったわ」と大層喜び、その時はただ握るだけではなく口付けまでしてくれた。


 十年も要したが、計画は想像以上の効果があった。

 アルベルトの部屋で嘔吐し、気絶するヴァンを見た時に、勝ちを確信した。

 ヴァンは弱っている。


 あの場で殺す事も考えた。

 だが、万が一があってはいけない。


 ガルフォーネが出した条件は二つ。


『この国を、復活した魔王に献上すること』


 ヴァン殺しの罪で廃嫡、なんて事になれば目も当てられない。

 これまでの十年が無為になってしまうのだ。


 弱らせて国を追い出せば、さすがのヴァンもガルフォーネに殺されるだろう。

 あとは魔王さえ復活し、この国を献上すれば──また、ガルフォーネを抱く事ができる。


 そんな期待に、胸と身体の一部を膨らませる日々を過ごしていると⋯⋯。




「殿下、帝国より使者が参っております」


 アルベルトの破滅が始まった。




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