第19話 グイグイ来る

「あの、婚約とか、そういう話はまだちょっと早いのでは⋯⋯?」


 俺を差し置いて盛り上がる二人に聞いてみる。

 すると、マリアベルはちょっと不機嫌そうに眉をひそめた。


「何か問題がございますか?」

「いや、その、問題しかないと思うのですが」

「わかりました。では一つずつ解決いたしましょう! ヴァン様、私との婚約に懸念な点を遠慮なく仰ってください」


 彼女は手を胸の前で合わせながら、表情を改め、にこやかに言ってくる。

 にこやか、なのだが。

 何となく『かかってこい!』と挑発されているような、圧を感じる。

 まあ、気のせいだとは思うが⋯⋯。


「えっと⋯⋯まず、年齢差もありますし」

「あら。元々の婚約者であるアルベルト様とも年齢差はありましたわ。それに政略的な結婚において、年齢差などはあまり考慮されないものだと思いますが?」

「まあ、そうかも知れませんが⋯⋯」

「では、年齢差についてはこれで解決ですね。他に何かございますか?」


 彼女がにこやかに次を促してくる。

 ⋯⋯なんだろう、この感じ。

 剣の練習で、上級者が下級者に対して『ほら、もっと打ち込んで来い!』という感じに似ている。

 あるいは友人の家に招かれての食事中、相手の母親が『ほらヴァンちゃん遠慮しないの、もっと食べなさい』と世話を焼いてくる感じというか。

 考え過ぎかも知れないが、まあ、とにかく次かな⋯⋯。


「その、仮に皇帝陛下が承認してくださったとしても、周囲からは反発が生まれるかと。特に皇位継承権上位の方々などからすれば、急に出てきた人間が皇女様と婚約、となれば警戒するでしょう⋯⋯私としては、宮廷に無用な騒乱が生じるのは本意ではありません」

「確かに、多少の混乱は避けられないでしょう」

「そうですよね!」

「ただ⋯⋯ヴァン様は御自身の持つ『背景』に、いささか無頓着でいらっしゃいますね」

「そうですか⋯⋯?」

「はい。名君と名高い先帝の遺児が、宮廷の騒乱を避けて雌伏し、魔王封印の手柄を携えて国に凱旋し、出自を明かし、自身の正統性を主張される⋯⋯聞くだけでも心躍る物語ではありませんか」

「そう⋯⋯ですかね?」


 実際は長年連れ添った嫁さんに散々浮気されてた挙げ句、友人にも騙されていて、子供も自分の娘じゃなく、国を追い出されたってだけなんだが⋯⋯。


「人は物語を求めます。それが劇的であればあるほど、ヴァン様への好意や同情心へと繋がるでしょう。しかも御父様は常々『帝位は預かっているだけだ、相応しい者が現れれば喜んで譲る』と表明しております。ヴァン様より相応しい者などこの世におりません」

「うむ、その通りだ。余の意向に背く者こそ、反逆者のそしりを免れる事はできん」


 マリアベルの言葉に、陛下はウンウンと頷く。

 皇帝陛下その人に同意されてしまっては、これ以上、騒乱について主張するのはしつこいだけだろう。

 ⋯⋯いや、しかし。


「そもそも、の話なのですが」

「はい」

「マリアベル様は」

「マリアベルとお呼びください。あと敬語も不要です」

「いや、しかし⋯⋯」

夫婦めおととなるのですから、今からでも慣れていただかないと」


 早い早い!

 気が早い!

 でも、また不機嫌になられても困るし。

 仕方ないな⋯⋯。


「いや、マリアベルは⋯⋯俺なんかでいいのかい? アルベルトとの婚約を破棄するにしても、もっと、君に相応しい良縁があると思うけど⋯⋯」

「いえ、ないですね」

「いやいや、例えば東国の⋯⋯」

「ヴァン様」

「はい」

「ないんです」

「⋯⋯えっと」

「ないんです」


 ないのか⋯⋯ないなら、仕方ない⋯⋯のか?


「むしろお聞きしたいのですが」

「はい」

「ヴァン様の妻としてわたしでは不足、と思われているならばハッキリそう仰ってください」

「⋯⋯正直、考えたこともなかったので戸惑ってます⋯⋯いや、戸惑っているんだ」

「なるほど」

「理解してくれたかい?」

「はい、理解しました。じゃあ、今、この場でしっかり考えましょう。まずわたくしの容姿はヴァン様から見てどうでしょうか?」

「⋯⋯その、とても」

「とても?」

「とても──お美しい、と」

「ぬふっ」

「ぬふ?」

「──失礼しました。では、カミラ様と比較して、何か不足はありますか?」

「不足というか⋯⋯新たな懸念が」

「はい、遠慮なく仰ってください」


 ちょっと言葉を選ばないと誤解されそうだな。

 ただ、俺は話上手じゃないし、うーん。


「あの、今、なんかすっごいペース握られてるな、と感じてる」

「はい。ヴァン様に早く決断していただこうかと」

「それで⋯⋯カミラとの結婚生活では、常にペースを握られているな、と感じていた。尻に敷かれているというか」

「ヴァン殿」


 それまで、横で話を聞いていた陛下が神妙な面持ちで、ボソッと呟いた。


「⋯⋯安心してくれ、余も敷かれておる」

「御父様は少しお静かに。話がややこしくなりますので」

「うむ⋯⋯」


 陛下の態度に、これはたっぷりと敷かれているな、と感じた。

 皇帝と皇女。

 帝国でも最高位の身分でも、家族として、父娘として会話を交わす二人を見ていると⋯⋯。


「ヴァン様」

「はい?」

「良かったです──笑ってくださって」

「こ、これは失礼」

「いえ。ずっと張り詰めていらっしゃったみたいですので。安心いたしました」

「お二人の仲睦まじさが、微笑ましくて思わず⋯⋯」

「嬉しいです。私は父が大好きですから」


 そう言って微笑みかけてくれたマリアベルの笑顔はとても魅力的で──自分が失った父娘の絆がそこにあるのを、心から羨ましく思った。




 ──結局、婚約については押し切られた。

 

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