第18話 婚約破棄からの

「では、用向きを聞かせて貰おうか」


 陛下に促され、俺は最近の事情を話した。

 十年連れ添った妻が、どうやら結婚前から浮気していたこと。

 その相手が、皇女様の婚約者であるアルベルトだ、と伝えた瞬間、陛下は眉をピクリと動かした。

 ただ、当の本人であるマリアベル嬢の表情にはあまり変化がない──というか、ずっと俺を見てニコニコしている。

 また、エミリアは俺の娘ではなく、どうやら実の父親はアルベルトである、ということ。

 俺はアルベルト暗殺の罪を着せられ、国外追放処分を受けた事、など。


 一通り話を聞いた陛下は、しばらく考えたあとで「はぁあああ⋯⋯」と深く溜め息をついた。


「なんという愚か者なのだ、あの王子は。もう少しマシな人物だと思っていたが、見込み違いだったようだな」

「アルベルトとお会いした事が?」

「うむ、顔見せでマリアベルを遣わせたのち、あちらからもアルベルト王子が来たことがある」


 ああ、そう言えばそんな事もあったような気もする。

 俺はその頃からガルフォーネを追っていたので、ワザワザ同行しなかったが。

 皇帝陛下はさらに言葉を続けた。

 

「正直に言えば、単にアルベルト王子が多少女性を侍らせようが構わんと思っている。王族にとって、世継ぎを残すのは大切な仕事だ。義務とさえ言える」

「それは、俺もそう思います」

「ただその相手が、国に貢献し、また友人とも言えるお主の妻となれば話は別だ。またそれを誇るような行いは、私の娘を蔑ろにする行為なうえ、相手に言われなき罪科を背負わせるなど言語道断だ⋯⋯これはさすがに看過できん」


 陛下は声を荒げるわけではないが、口調には怒りが伴っていた。

 しばらくして──忌々しげに呟いた。


「アルベルトとマリアベルの婚約は、破棄するしかなかろう。その上で、ヴァン殿に対する冤罪に関してあちらの釈明を求めよう」


 おお、もしそうなれば期待していた以上の成果だ。

 まさかこんな事が皇帝陛下のお耳に直接入るとは、アルベルトも思っていなかっただろう。


 王国は不安定な存在だ。

 大陸中央部という立地から、東西を潜在的な敵国に囲まれている。

 だからこそ西方を支配する帝国との縁談は、実質的な同盟として、後顧の憂いが絶てる貴重な良縁だったハズ。


「あとは帝国における、ヴァン殿の処遇についてだな」

「処遇ですか? 私としては此度の事に御尽力いただけるだけで大変ありがたいのですが⋯⋯」

「いや、ヴィルドレフト帝から受けた恩誼から考えれば、こんなものは尽力でもなんでもない」

「御父様。ヴァン様の処遇について、わたくしに良い考えがあります」


 ニコニコと話しを聞いていたマリアベル嬢が、小さく手を上げて割り込んできた。


「ほう。マリアベル、申してみよ」

「まず、ヴァン様には『儀式』を受けていただく必要があります」

「それに関しては言うまでもない。まあ、私は確信しているが」


 二人の中では言うまでもない事でも、俺にはサッパリわからない。

 ちょっと聞いてみよう。


「あの⋯⋯儀式、とは?」

「おっと、そうだ説明しておかないとな。皇帝には代々受け継ぐ『聖杯』という神具がある。これは初代皇帝陛下が神から与えられたものとされていてな」

「はい」

「この聖杯には特徴がある。まず、皇帝は代々即位した時点でその血を保存する。もちろん、ヴィルドレフト帝の血も保存してある。そしてその血と、皇帝を受け継ぐ子の血を聖杯に注げば、光を放つのだ。血の繋がりが濃ければ濃いほど、器は強く光を放つ」

「なるほど。ちゃんと血が繋がっているかどうか確認後できる道具、と?」

「そういう事だな」


 便利だな。

 そんな道具を俺が持っていて、エミリアが生まれてきた時点で試せばこんな事にはならなかったろうなぁ⋯⋯。


「つまり、まずは俺がヴィルドレフト帝の血を継いでるかどうか確認が必要、という事ですね?」

「そうなるな。先ほども申したとおり、余はヴァン殿が先帝の息子であると確信しておる。ただ、余人を納得させるのには必須だろう」


 まあ完璧な物証となるのなら、それはありがたい。

 俺に異論はないな。

 皇帝陛下の解説が終わり、皇女様は次の話を切り出した。


「そして、ヴァン様が間違いなくヴィルドレフト帝の御子息だと証明された暁には、私と婚約していただきます!」

「なるほど! それは良い考えだ!」

「でしょう、御父様!」

「うむ! もし謀叛など起こらず通常通りにヴァン殿が皇帝を継いでいたら、是非にともお願いしただろう! 順序がちょっと入れ替わっただけだ!」


 いや、この親子。

 勝手に何を言ってるんだ⋯⋯?

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