第17話 会談
ジャミラット帝が指定したのは、帝都から少し離れた皇帝の別宅だった。
人目を気にしての事だろう。
前帝の遺児なんて真偽不明の情報なのだ、向こうも警戒しているだろう。
とはいえ、いきなり皇帝自らが動くとは思わなかった。
別宅とはいえ、もちろんデカい。
ただお忍びなのか、人の気配はあまり感じない。
二人いる門番に訪問を伝えると、ひとりが中に入り、しばらくして男を連れてきた。
男は俺の顔を見ると恭しく頭を下げた。
「ヴァン様、カルナック様、ご足労ありがとうございます」
「いえ、こちらからお願いした事ですので。にもかかわらず、迅速な御対応感謝申し上げます」
「感謝申し上げます」
カルナックの返礼に倣い、とってつけたように俺も返事をする。
「さあこちらです、どうぞ」
男についてしばらく歩くと、奥まった部屋の前で止まった。
「陛下からは人払いを命じられております。案内が済めば、私もここから離れますので」
「お気遣いありがとうございます」
男が部屋をノックし、中へと声を掛けた。
「ヴァン様とお連れ様をご案内しました」
「うむ、入って貰え」
案内人がドアを開け、入室を促してくる。
カルナックと二人で中に入ると、ドアが閉められた。
中にいたのは二人。
老齢の男性と、金髪碧眼の美女だ。
皇帝陛下と⋯⋯もう一人は誰だろう?
何か見覚えがあるが⋯⋯?
皇帝陛下はあまり御年齢を感じさせず、背筋も伸び
お若い頃は名将軍と呼ばれただけあって、正に武人といった雰囲気だ。
取りあえず、まずは挨拶だ。
「ヴァン・イスミールと申します」
「うむ」
「陛下、ご無沙汰しております」
「カルナック、久しいな。帝都に戻っていると聞いておるぞ? なぜ城に顔を出さなかった?」
「私は出奔した身です。城を訪問するなど、とてもとても⋯⋯」
意外な事に、カルナックと陛下は顔見知りのようだ。
「あの、お二人はお知り合いなのですか?」
口を挟むのは無礼かとも思ったが、興味が勝った。
何より、重々しい雰囲気でもないし。
「ああ。カルナックとは若い頃、剣術大会で覇を競った間柄だ」
「いつも陛下には一歩及びませんでしたが」
「抜かせ。お前が勝ちを譲った事など気付いておるわ」
そのまま、陛下は「はっはっは」と豪快に笑ったのち、改めて俺を見た。
その眼光は鋭く、まるでこちらを射抜くようだ。
単純な強さではなく、そこに皇帝としての威厳を感じる。
しばらくして──陛下の目から涙が零れた。
えっ?
「ヴァン殿⋯⋯そなたの武功はもちろん聞き及んでおったが⋯⋯まさか、まさかヴィルドレフト帝のご子息だったとは⋯⋯まるで夢物語のようだ」
陛下は感極まった様子で、さらに独白を続けた。
「陛下を御守りできなかったあの日、自らの命を絶とうとすら考えた⋯⋯ただ、せめて恩誼に報いようと、今日まで皇帝の座を守ってきたが⋯⋯まさか、このような日を迎える事ができようとは」
えーっと。
なんか、凄い温度差あるぞ。
今回はあくまでも顔見せ、できれば帝国内で要職につければ、くらいの気持ちだったのだが。
俺が困惑していると、若い女性が陛下の肩に手を置きながら言った。
「良かったですね」
「うむ、これで心置きなく禅譲できる⋯⋯」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「む?」
「いきなり禅譲なんてしたら、混乱を招くでしょう!? 何より、私が先帝の息子だと証明された訳ではありませんし!」
「いや、見間違えるハズがない。お主のその目は、ヴィルドレフト様に瓜二つだ」
⋯⋯確かに、『場所の記憶を見る魔法』で確認した父は、俺に良く似てたけども。
「⋯⋯とりあえず、その件はまたお話しさせて頂くとして、今回はご相談が⋯⋯」
「相談?」
「はい」
「わかった、取りあえずあちらで聞こうか」
部屋に備え付けられたテーブルに案内される。
着席前に、女性が頭を下げた。
「御挨拶が遅れました。ヴァン様、ご無沙汰しております」
えっ? と声が出そうになるのを抑えた。
なんとなく、うっすら見覚えがある気はしていたが⋯⋯。
俺の返礼が遅れたのが不満だったのか、女性は少し不機嫌そうに言った。
「まさか、私の事をお忘れですか?」
「あ、いや、すぐここまで出掛かっているのですが」
「⋯⋯悲しいです。私はあの日より、ヴァン様を思い出さない日は一日たりとも無かったというのに」
「あ、その、すみません」
「アルベルト王子との婚約パーティーで、ヴァン様に護衛していただきました、マリアベルです」
「⋯⋯あっ!」
「思い出して頂けましたか?」
思い出した。
思い出しはした、が。
確かに面影はある。
ただ、当時のマリアベル嬢は十代前半だった。
それに、何より──。
「すみません、当時のお姿とはいささか、その、あの頃のマリアベル様は、たいそうふくよかでいらっしゃったので⋯⋯」
「ふふふ、そうでしたわね。それで、どうでしょうか」
「どう、とは?」
マリアベル嬢は、ニコリと笑いながら聞いてきた。
「ヴァン様の目から見て、わたくし──少しは綺麗になりましたか?」
「はい、驚きました。とてもお美しいです」
「ふふふ、ありがとうございます。ヴァン様のおかげです」
「マリアベル、その辺にしなさい」
「すみません御父様。あまりにも嬉しくてはしゃいでしまいました」
しかし、あのおでぶちゃ⋯⋯マリアベル嬢がこのように美しくなられるとは。
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