第16話 手紙
カルナックと久々に食事だ。
バーンズ老と三人で暮らしていた頃、食事の準備はカルナックがしてくれていた。
今日のメニューは、俺の好物が並んでいた。
しかも、大量に。
「久しぶりの手料理は嬉しいけど、こんなに食べられるかな?」
「食べないと元気が出ませんよ。貴方は二年前より少し痩せてます」
まあ、体重が減ったのはカミラの裏切りを知り、食事もろくに喉を通らなかったからだが⋯⋯。
ただ、子供の頃から食べていた料理の懐かしい香りに、食欲が刺激された。
神に祈りを捧げ、料理を口に運ぶ。
「やはりカルナックの料理は美味しいな」
「ふふ⋯⋯実はこれは、リベルカ様のレシピなのです」
「母の?」
「ええ。実は私、あなた方と暮らすまで料理などしたことはありませんでした。ただ、リベルカ様から渡されたレシピと、ヴィルドレフト帝とともに振る舞って頂いた料理の記憶を頼りに再現したのです」
「そうか、じゃあこれは母の味だったのか」
改めて料理を噛み締めながら味わいつつ、カルナックに気になった事を聞いてみる。
「父の最期はわかったが、母はなぜ?」
「⋯⋯産後の肥立ちが悪かったのと、ヴィルドレフト帝が凶刃に倒れた事への心労、流行り病などが重なり⋯⋯様々な手を施したのですが治療の甲斐なく⋯⋯」
「そうか⋯⋯それで、カルナックが父との縁で俺を育ててくれたのはわかるんだけど、なぜバーンズ老まで?」
「リベルカ様は⋯⋯バーンズ老の娘です。血縁はありませんが」
「む、娘!?」
「はい。詳しい経緯は聞いておりませんが、そのように伺ってます」
血の繋がらない娘、か。
俺とエミリアのような感じなのかもな。
全く、知らない事だらけだ。
「じゃあ俺は、バーンズ老の血の繋がらない孫ってところか」
「⋯⋯ええ、そうですね。ところでヴァン」
「何?」
「本当によろしいのですか? 復讐の為にあなたの出自を公にし、立身出世を目指す⋯⋯反対はしませんが、後戻りはできませんよ?」
⋯⋯確かにカルナックの言うとおりかも知れない。
急に色々あったせいで、冷静じゃない部分はある。
前皇帝の遺児。
そんな人間が急に名乗り出れば、様々な反応があるだろう。
全員に歓迎されるか? と聞かれれば⋯⋯きっとそうじゃない。
特に、我こそ次代の皇帝と考えているような人物からは、相当に疎まれるに違いない。
──ただ、どうにも許せそうにない。
十年連れ添った妻が、ずっと裏切っていた。
しかもその裏切りが、仲間だと思っていた人物との共謀。
忘れようとしても、きっとこの屈辱は定期的に俺を苛むだろう。
それ以上に、アルベルトからは何か陰謀めいた雰囲気を感じる。
今回の裏切りだけではなく、何かが引っかかるのだ。
奴をどうにかしないといけない、という気持ちがある。
「覚悟はできている」
「そうですか、わかりました。では、私は昔の伝手を頼ってみます。ただ、事態が思わぬ方向に進む事も考えておいてください。ジャミラット様はヴィルドレフト帝に心酔しておりましたが⋯⋯権力は人を変えます。最悪、あなたの排除に動くかもしれません」
「まあ、そうなったらもう実力行使しかないな。王国に戻り⋯⋯俺をハメた奴らに直接復讐するさ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
この家に来て数日。
どうやらカルナックは、昔の知り合いを頼ってジャミラット帝に手紙を出したらしい。
返事を待つ間は特にやる事もなく、カルナックから両親の思い出話を聞いていた。
この数十年秘密にしていた反動か、カルナックは俺の父がいかに素晴らしい人物だったかを語った。
質素倹約を旨とし、常に帝国民の幸せを願い、寝る間を惜しんで仕事し、それに飽きたらずお忍びで出掛けては市井の現状に耳を傾け、政策に反映したという。
皇帝ってのも大変そうだ。
責任感が強ければ、特に。
あとは帝都の地理に慣れるために散策、と久方ぶりの自由な時間を満喫した。
この十年、魔王軍の残党退治のために働き詰めだったし、それが終わったと思ったタイミングで国を追い出された。
差し迫ってやることがないというのも手持ち無沙汰だな、などと思っていた頃。
「ヴァン、ジャミラット帝から返事が来ました」
「内容は?」
「公にではなく、内々で会談したい──との事です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます