第15話 両親

 俺が⋯⋯前皇帝の息子?

 御落胤って事は母の身分が低い、隠し子って事か?


「確かヴィルドレフト帝は未婚だった」

「はい。立場の違うリベルカ様とは、市井で逢瀬を重ねておりました。その随行員として選ばれたのが私です。先帝は私を友人のように扱って下さいました」


 養父は当時を懐かしむように、目を細めた。

 そこからカルナックの昔話は続いた。

 父は母と結婚をするために、貴族制度の改革を進めていたこと、それにより有名な『あの悲劇』が起きてしまった事を⋯⋯。


「先帝は公明正大で、不正を厳しく断罪しました。その施策は、一部の貴族たちから強い反発を生み⋯⋯そして弟君の謀叛に倒れたのです」


 そのあたりはカルナックから歴史教育として習ったが⋯⋯まさか実の父親の話だったとは。


「宮廷は権力闘争の場と化し、血で血を洗う惨劇が繰り返されました。先帝を含めた皇家直系の方は次々とお亡くなりになり⋯⋯最終的に事態を制したのが、ご存知のように現皇帝ジャミラット様です」


 ジャミラットは将軍で、先帝に強い忠誠心を抱いていたという。

 自らも皇家傍流だった彼はそのまま帝位につき、ヴィルドレフト帝の施策を受け継いだ、とされている。


「ジャミラット様は当時から『相応しい人間が現れたら、帝位などいつでも譲る』と仰せでした。ですが私とバーンズ老は相談し⋯⋯先帝とリベルカ様、お二人の意向を汲む事にしたのです」

「二人の意向?」

「はい。ちょっと待っててください」


 カルナックは立ち上がり、棚から一冊の本を取り出した。

 背表紙は白紙だが、長年読み込まれているのか少し黄ばんでいた。

 彼はパラパラとページをめくりながら、何かを確認していた。


「ああ、この日だ。帝歴843年6月21日。君がまだ1歳を迎える前ですね」

「それは日記?」


 カルナックが日記を付けていたなんて知らなかったな。


「ヴァン、実はこの部屋⋯⋯お二人が逢瀬を重ねた場所、つまり君が産まれた場所なんです」

「えっ!?」

「さて、私はそろそろ今夜の晩御飯を準備しなければ。ちょっと買い出しして来ます。その間に、先ほどの日付を『観て』ください」

「⋯⋯あ」


 そうか、俺には『場所の記憶を見る魔法』がある。

 精神的な負荷が強いため一日一度が限度だが、日付さえわかれば⋯⋯。

 

 カルナックはそのまま部屋を退出した。

 まさか両親の事が知れるとは思っていもいなかったが⋯⋯。


 俺は先ほどカルナックが言ってた日付を逆算し、『場所の記憶を覗く魔法』を使用した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ベッドに伏せる女性の横で、赤子を抱いた青年と、その伴らしい男が立っていた。

 ひとりは分かる、若い頃のカルナックだ。


 では、ベッドに横になっているのが母、あの赤子が俺で、それを抱いているのが父だろうか?


「リベルカ、二人を城に迎えるまでもう少しだ」

「無理をなさらないで下さい。私は⋯⋯私とこの子に、時々こうしてお顔を見せて頂ければ充分です」

「何を言う、リベルカ。私たちは家族なのだ。共に過ごすのが当たり前ではないか。それにヴァンは私の世継ぎとして、いずれはこの国を⋯⋯」

「陛下、お言葉ですが何度も申し上げていますでしょ? この子には平凡でも、幸せな家庭を築いて欲しいのです」

「しかし、フガッ!」


 二人の間に、少し気まずそうな空気が流れると⋯⋯赤子は男に手を伸ばし、口に指をかけ、引っ張っていた。

 

「ほらお二人とも、ヴァン様が御立腹です。自分の将来を勝手に決めるな、って」


 カルナックが勝手に赤子の心境を代弁すると、父と母はプッと吹き出した。


「ははは、すまんなヴァン。この件は何度も話しているのに」

「そうですよ、陛下。毎回お二人の仲裁に立つ私とヴァン様の気持ちになってください。ヴァン様が物事を判断できる年になったら、その時に改めて考えよう。いつも同じ結論に至るのに、毎回また一から話し始めるのは御勘弁ください」

「わかったわかった、しかし⋯⋯」

「しかし?」

「この世界広しと言えども、我が口を実力行使で塞げるのはヴァンしかいないだろう。やはり、この子こそあとを継いで皇帝となるに相応しい⋯⋯」

「もう、陛下!」

「お、怒るな怒るな、リベルカ。もちろん冗談だよ」


 その言葉に、三人は笑い合っていた。

 そこには、赤子おれを中心とした、暖かい雰囲気が流れていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔法が解け、俺の意識は部屋に戻った。

 模様替えされてはいるが、ここには当時の雰囲気が残っている。


 父が立っていたあたりに、俺も立ってみる。

 目を閉じれば、先ほどの映像を反芻できた。



 ──ずっと恐れていた事があった。

 実の両親は、なぜ俺を捨てたのか。

 バーンズ老にもカルナックにも、両親の事を尋ねた事はない。

 もちろん興味はあったが、もし、二人の口から恐れているような経緯が伝えられたらと思ったら、聞くことができなかった。


 だから二人から与えられた課題には、精一杯応えてきた。

 俺はいらない人間などではない、この世に、価値を持って生まれてきたのだ、と。

 それを自分で信じる為に、能力を高めてきたのだ。

 さっきの体験には、俺が欲しい物があった。

 もしかしたらバーンズ老が『場所の記憶を覗く魔法』なんてものを開発したのは⋯⋯。


 そのおかげで恐怖は去り、欲しいものが、答えが手に入った。




 ──俺は両親に愛され、望まれて、この世に生を受けたのだ。





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