第14話 出自
投獄中、カミラの代理人を名乗る人物が面会してきた。
若い男だ。
初めて会う人物だが、教会の関係者らしい。
「カミラ様からの伝言で、これにサインして欲しいとの事です」
彼女が用意したのは、教会へ提出する離縁状と、屋敷を含めた全財産の権利を俺が放棄する、という旨の内容が書かれた同意書だった。
離縁状にはサインしたが、財産関係の書類は破り捨ててやった。
相手は驚いていたが、俺は構わず要望を告げた。
「俺はこの国を出る、その為の路銀と当面の生活費が必要だ。全て放棄などできないな」
代理人を挟んで何度かやり取りし、金貨二十枚は確保した。
これなら帝国へ行ってからもしばらくは生活できる。
しばらくして手切れ金が用意されるのと同時に、俺は釈放された。
◇◆◇◆◇◆◇◆
帝国への移動は、教会が管理する『転移陣』を使うことにした。
お布施は高額だが、馬車で向かえば一週間近くかかってしまう。
建前上は『兵士輸送など、戦争利用されないため』などとのたまってるが、怪しいもんだ。
そもそも仕組み上、1日の利用可能数も五十人程度と限界があるのだから、戦争利用など難しいと思うが。
とにかく帝都へは即日たどり着いた。
実は初めての訪問だ。
バーンズ老が俺を拾ったのは帝国らしいが、幼少期に住んでいたのは地方都市⋯⋯というか村だった。
こうして訪れてみると、王都も発展してはいるが、帝都は別格だ。
モノが違う。
自分が田舎者だと思わされる。
それもそのハズ、大陸西方の大部分を版図とする帝国と、中央部の一部を領有するだけの王国だと、そもそも国としての規模が違う。
便宜上独立しているが、王国は実質的には属国だ。
だからこそ、この国で俺が地位を手に入れれば、アルベルトやカミラに一泡吹かせる材料になるに違いない。
という事で予定通り、まずはカルナックを訪ねよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
土地勘がないために苦労したが、ようやくカルナックの家を発見した。
バーンズ老の葬儀が終わり、余生を故郷で暮らしたいと彼が王国を去ったのが二年前。
久しぶりの再会だ。
ドアをノックしてしばらくすると、「ハイ」と返事をしながらカルナックが姿を見せた。
もう六十近いはずだが、相変わらず元気そうだった。
元帝国騎士として若い頃から鍛えていたからだろう。背筋も伸び、年を感じさせない。
「カルナック、久しぶり」
「ヴァン! どうしてこんな所にいるんです!? いや、私を訪ねてきてくれたのか、わざわざありがとう。さあ上がって⋯⋯って、一人かい?」
「うん」
「奥さんや、娘さんは?」
「あー、ちょっと。その辺も説明しないと」
「そうだね、立ち話もなんだから、ささ、入って入って」
突然の訪問に驚かせたみたいだが、喜んでくれた。
カルナックの住まいはこじんまりとしていた。
几帳面な彼らしく、内装も質はよさそうだが最低限、といった感じだ。
「狭くて申し訳ない、何せ老人の独り暮らしであまり物が必要なくてね⋯⋯何か飲むかい、お茶か、それともお酒を用意しようか?」
「いや、酒はしばらく控える事にしてるんだ」
あの二人へ復讐を果たすまで、酒は控える。
次に飲むのは、勝利の美酒だ。
用意された茶を一口啜ってから、俺は切り出した
「単刀直入で申し訳ないんだけど、実はカルナックに頼みがあって来たんだ」
「ふむ。私にできる事なら何でも手伝いましょう、言ってみてください」
「うん、まずはここ最近⋯⋯いや、この十年の話になるかな⋯⋯」
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺が話している間、カルナックは「そんな事が⋯⋯」と頭を抱えていた。
一通り話し終えると、カルナックはしばらく無言で考え事をしていたが、やがて俺に聞いてきた。
「それで⋯⋯ヴァンはどうしたいんですか?」
「二人に復讐したい」
「そうですか⋯⋯しかし、アナタが強いとは言え、アルベルト様は国家権力そのもの、と言えます」
「そうだね。だから俺もそれなりの地位が欲しい。今までは立身出世に興味は無かったが、こうなったら話は別だ。それで、元帝国騎士のカルナックなら、何か仕官の伝手がないかと思ってここに来たんだ」
「伝手、ですか⋯⋯」
そのままカルナックは再び考え込む。
だが、それは心当たりを考えている、という感じでは無い。
言おうかどうか迷っている、そんな感じだ。
だから、俺は彼が口を開くのをただ待った。
しばらくして、カルナックはその重い口を開いた。
「ヴァン」
「はい」
「アナタは⋯⋯強くなりました。私が知る限り、誰よりも」
「それについては自信がある」
「⋯⋯だからもう、貴方を守ろうなどという考えは、おこがましいのかも知れません」
「自分の身は、自分で守る。だから、心当たりがあるなら教えて欲しい」
「伝手はあります。私にではなく、他ならぬ貴方自身に」
「俺に?」
「はい。貴方が家庭を持ち、人並みの幸せを手に入れ、そのまま人生を過ごすならば墓場まで持って行こうと思っていた、貴方の出自です。実はヴァン、私とバーンズ老は貴方のご両親を知っているのです」
「俺の、両親⋯⋯?」
「はい、貴方の母の名はリベルカ、そして──父親の名は、ヴィルドレフト」
「まさか⋯⋯」
「はい、貴方は──先代皇帝陛下の御落胤なのです」
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