第25話 一番のケーキ※皇女視点

 ヴァン様との会話は新鮮だった。

 

「ヴァン様は⋯⋯周囲をガッカリさせたりしないんでしょうね」

「どうしてそう思われるんですか?」

「だって、周囲の期待にしっかり応え、魔王と戦い、それを打ち倒したり⋯⋯」

「ひとりでやった事じゃないですよ。それよりも、一つよろしいですか?」

「はい」

「勘違いなら申し訳ありませんが⋯⋯誰かをガッカリさせてしまったと思い悩んだりされてますか?」


 この返しに私は驚いた。

 それまでお話させていただいた殿方は、私が相手を褒めるような話題を振ると、いかに自分が優れているかをアピールしてきた。


 さっきのような質問を投げかければ⋯⋯。


『ははは、私ひとりの手柄ではありませんよ。ただ、それなりに役に立ったのは自負しておりますが』


 みたいな感じだ。

 だけど、ヴァン様は控え目に謙遜されたうえ、私の話を聞こうとしてくれる。

 気が付けば、私は自分の悩みを吐露していた。


「いつも悩んでいます⋯⋯今日のアルベルト王子との顔合わせでもそうです。お顔には出さないようにしていたとは思いますが、明らかに私の容姿にガッカリされている御様子でした」

「なるほど⋯⋯」

「ヴァン様の奥様はとてもお美しいと伺っております。やはり男性は、伴侶の見目が麗しい方が嬉しいですよね?」

「それだけが全てとは思いませんが、やはり好ましい外見だと嬉しいでしょうね」

「ですよね⋯⋯」

「ただ、その点に関して皇女様は恵まれております」

「私が⋯⋯?」

「はい。なぜなら悩み事というのは、二種類になります。悩んでも仕方ない事と、悩む価値があるものです」

「と、仰いますと⋯⋯?」

「身長を高くしたい、といった悩みは解決が難しいですよね? つまり、悩んでも答えがでません。ただ、痩せたいという悩みは困難であれ、解決の余地があります。悩む価値がある問題ですね」

「そう言われると、そうかも知れません」

「さて、解決になるかはわかりませんが⋯⋯城にいると塞ぎ込んでしまいませんか? もしよろしければ明日、一緒に運動してみませんか?」


 その申し出自体にはあまり気乗りしなかったが、もう少しヴァン様とお話ししたかったので、了承した。

 楽しかった茶会もお開きとなり、ヴァン様に部屋まで送っていただいた。


「皇女様、招かれている身であまり勝手に城内を散策されますのは⋯⋯」


 メイド長のロアナは、部屋を抜け出した私に小言を言おうとしたが、そこにヴァン様が割って入った。


「ロアナ様、大変申し訳ありません。護衛の手持ち無沙汰から、私が無理にお誘いしたのです」


 ヴァン様が頭を下げると、ロアナは慌てたように言い繕った。


「いえ、そんな、勇者様に頭を下げられてしまっては⋯⋯また、私ごときにロアナ様などと。ロアナと呼びつけにして頂いても⋯⋯」

「ありがとうございます。あと、もう一つわがままを言わせていただければ、話の流れでダイエットの話になりまして」

「まあ、皇女様が?」

「はい。そこで私の鍛錬する姿を皇女様にみていただきたいと思いまして。明日午前中、御時間いただければ嬉しいのですが」

「それは⋯⋯大丈夫だと思いますが。明日は夜会まで予定は入っておりませんし」

「ロアナさん、ありがとうございます。もし皇女様が鍛錬に興味を持っていただけた時のために、動きやすい格好が好ましいのですが」

「それなら⋯⋯乗馬服などはいかがでしょうか?」

「はい、結構です。では皇女様、また明日お迎えにあがります」


 ヴァン様は笑顔を振りまくと、頭を下げ、部屋を出て行った。

 ロアナはしばらく上気した表情でぼーっとしていたが、やがてボソッと言った。


「皇女様⋯⋯ヴァン様って、素敵ですよね⋯⋯」

「はい⋯⋯とても」


 ロアナはそのあともヴァン様の事を『あれほどの功績をお持ちなのに、驕らず、気さくで、飾らず、そのうえ気品がある』といった趣旨の言葉を何度も繰り返していた。

 その言葉にいちいち同意しながら、なんども頷いた。



◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、ヴァン様に誘われて、まずは王城の庭を散策した。

 一通り歩くだけで、じんわりと汗ばむ。

 途中、ふうふうと息があがってしまった自分がちょっと情けなかった。


 しばらく歩くと、大きな池があった。


「皇女様、もしよろしければこの池の周りを一緒に走りませんか?」

「えっ⋯⋯? はい」


 せっかくの提案だが、やはり気乗りしない。

 だけど、ヴァン様の期待を裏切りたくなくて、同意してしまった。


「では目標を決めましょう。皇女様なら、五周ほどがよろしいかと」

「わかりました、頑張ります」


 と言って走り始めたものの、私は一周でを上げそうになった。

 なんとか二周、三周と頑張ったが⋯⋯ついに四周目を走りきった時に立ち止まってしまった。


「はあ、はあ、はあ、はあ⋯⋯」

「もう限界ですか?」

「はあ、はあ、はあ、はい⋯⋯」


 ああ、やっぱり私はダメだ。

 ヴァン様に提示された、たった五周も走れない。

 不甲斐ない自分を情けなく思っていると⋯⋯。


「皇女様。私から見て⋯⋯二周目には、もうお辛そうでしたが」

「はい、情けない、はあ、はあ、話ですが」

「情けなくなどありません。あなたは頑張りました」

「でも、ヴァン様は五周と」

「それは私が勝手に申し上げただけです。でも、あなたは私をガッカリさせまいと、限界を超えて頑張った」

「それは⋯⋯でも」

「皇女様」

「はい」


 彼は私の言葉を遮ると、微笑みながら言った。


「昨日悩まれていたように、周囲はアナタに色々と期待するでしょう。皇女様ほどではありませんが、私にも経験があります」

「ヴァン様も⋯⋯?」

「はい。ただ戦いが上手いだけの私が、何の因果か『救国の勇者』などと呼ばれ、人は私にそれに相応しい振る舞いを求めます。ただ、私はその全てに応えられるとは思っていません」

「そうなのですね」

「はい。でも皇女様、あなたは私を、周囲をガッカリさせないように、限界を超えて頑張れる方です。そんな自分をもっと誇ってください。それはきっと、ただ外見が美しい事なんかよりも、余程大事な事なのです」

「⋯⋯はい、ありがとうございます」

「だからと言って、あまり頑張りすぎてもダメですよ? 期待に応えようとしすぎて、自分を追い込み過ぎてはいけません」

「わかりました」

「では、頑張ったご褒美を差し上げましょう」

「ご褒美ですか?」




◇◆◇◆◇◆◇◆


 なんと、ヴァン様は王城を抜け出し、私を城下に誘いだした。

 彼が案内してくれたのは、喫茶店と呼ばれる商業施設だ。

 もちろん私にとって、初めての経験。


「ここのケーキは美味しいんだ。皇⋯⋯マリアの口に合うといいんだが」


 お忍びという事で、皇女という呼び方はおろかマリアベルと言う名前も、あと敬語も避けた。

 二人分のお茶が用意され、次にケーキが運ばれてくる⋯⋯私の前だけに。


「あの、ヴァン様の分は?」

「あ、いえ。ちょっと情けない話なんだが⋯⋯今月は出費が嵩んでね、ひとり分しか持ち合わせがないんだ」

「それは、悪いですわ」

「遠慮しなくていいよ」

「では、こうしましょう。せっかく走ったのに、ケーキを全部食べては台無しです。私のためにも、半分お召し上がりください」

「君がそう言うのなら」


 お店の方にお皿を用意してもらい、半分こにする。

 ヴァン様とシェアしたケーキは、これまでで一番美味しかった。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あのあと帰国してから、私は走るのが日課になりました。あの日の思い出を、ヴァン様を側に感じるために⋯⋯そして再びお会いする時に、少しでも美しくなった私をお見せしたい、そう思って今日まで過ごして来たのです⋯⋯」


 ウットリとした表情で話すマリアベルを見ながら、俺は少し混乱していた。


 なんか、俺の記憶と細部がちょっと違う⋯⋯。

 これ、結構あるあるなんだ。


 人の記憶っては、わりと都合よく改変される。

 俺が事件の証言を集めた上で『場所の記憶を覗く魔法』で確認したら全然違ったり。


 ただ⋯⋯十代の乙女なんてそういうものなのかも知れない。

 いわゆる『恋に恋する』って奴だろう。


 それに──彼女が俺を想い、この五年間頑張った。

 大事なのは、その事実だろう。

 ならばその気持ちに、少しでも酬いる言葉をかけるべきだろう。


「マリアベル」

「はい」

「本当に──綺麗になったね」

「はい⋯⋯はいっ!」


 彼女はとても嬉しそうで──その笑顔は、俺の目にとても魅力的に映った。

 

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