第11話 裏切りの十年

 俺の罪、とやらを告げたアルベルトはさらに続けた。


「本当はあの場で殺してやりたかったんだがな。騒ぎを聞きつけた護衛どものせいで叶わなかった。居住区画では帯剣もしていないしな。全く、昔から悪運だけは強いな、ヴァン」


 アルベルトの瞳に強い殺意、憎しみを感じる。

 確かに、俺の命を奪うとしたらあの時が唯一の好機だったろう。

 アルベルトは一流の剣士だが、それでも気を失ってさえいなければ、素手であっても負ける要素は無い。

 だがそれ以前に、疑問があった。


「妻を取られた俺がお前を殺すならまだしも、お前にそれほど怨まれる覚えはないが?」


 俺の問いに、アルベルトの瞳はさらに剣呑さを帯びた。


「ああ、そうだろうさ。お前のせいで、常に惨めな思いをしていた私の気持ちなどわかるまい」

「そんな思いをさせた覚えはない」

「ふん⋯⋯ヴァン、今回事件の調査した村、魔王との戦いの前にも寄ったのは覚えているか?」

「立ち寄った、くらいは覚えてるが」

「事前に先触れを出し、滞在する旨を伝えた。私たちが村に着いた時の村長が何て言ったと思う? 『殿下、このような辺鄙な場所に来ていただき光栄です』だとさ」

「普通の挨拶だろ?」

「ああ、至極普通の挨拶だ。ただ、村長が挨拶したのはヴァン、お前にだ」


 心当たりがない、とは言わない。

 確かに四人で活動する中、俺がリーダー、つまりアルベルトと間違われる事はしばしばあった。


「何故だか分かるか? 端から見ればお前の方が『理想の王子様』に見えるということだ。捨て子の癖に貴公子然とした気品、バーンズ老という不世出の魔法使いに拾われ、育てて貰い、俺から魔王退治の功績を掠め取り、今では『救国の勇者様』か?」

「俺がいつ、自分を勇者などと称した? 周りが勝手に呼んでるだけだろうが」

「それだよ、ヴァン。パーティーを組んでいた時から、そうだ! お前ばかりがチヤホヤされ、私は添え物のように扱われた! 命懸けの戦いも、元から王子だった私には『やって当たり前』と世間は見る。一方成り上がりのお前にはみなその功績を讃え、感謝する! なんだこの差は!」


 ⋯⋯アルベルトがそんな事を思っていたなんて気付かなかった。

 ハッキリ言えば逆恨みも甚だしいが、そんな言葉を聞く理性が残っていると思えない。


 まあいい。

 冤罪についても、ある程度根回しが済んでいるのだろう。

 いまさら覆せるとも思えない。


「で? じゃあその罪状とやらで俺は死刑か?」


 聞きながら、そうはできないだろうという気持ちがあった。


「いや、国外追放だ。表向きは魔王封印の功績に配慮して、な。お前の罪も、国民には公表しない」


 まあ、その辺りが落とし所だろう。

 アルベルト自身は俺を殺したいのだろう。

 だが、周りに反対する者がいる。

 しかもこの状況で俺に死刑を告げたら、アルベルトはもちろん王も、邪魔する者は全て俺が殺す。

 もちろん最終手段だが、俺にはそれができる。

 なら、俺がこの国を⋯⋯アルベルトの前から去る事を選べば、丸く収まる。


 もちろん俺を嵌めたアルベルトを許す気は無い。

 だからこそ、今コイツを殺して『やはり殺意があった』と出任せを真実に変えるのは早計だ。

 冤罪を晴らすにしても、準備がいる。


「わかった。妻にも裏切られた今、こんな国に未練はない。出て行くよ。ただ、同意が得られるのなら娘は俺が連れて行く」


 もちろん無理強いはできない。

 最近の態度、今回俺に課せられた罪状から、娘の同意が得られる可能性は低いだろう。

 それでも、何とか説得する。


 俺の提案を聞いたアルベルトは、再び皮肉げに笑った。

 

「ハッハッハッ、ヴァン、エミリアの同意が得られる訳が無いだろう?」

「何故お前にそんな事が言い切れる?」

「あの娘は、私の娘だ。彼女もそれを知っている」

「⋯⋯はっ?」

「一年前、エミリアに教えてあげたんだ。君は私の娘だ、と」


 バカな。

 だとすると、カミラとコイツは十年も前からできていた、ということか?

 だとしても⋯⋯。


「お前が⋯⋯十年以上前からカミラとできていたとしても、あの娘の親がどっちかなんて確証は無いはずだ!」


 そうだ。

 エミリアを授かる前、俺はカミラと普通に関係があった。

 もし俺とアルベルトの時期が被っていたとしても、どっちが親かなんてわからないハズ⋯⋯。


「ふっ、ヴァン。娼館に行った事は? 生真面目なお前の事だ、どうせないだろう?」

「ああ」

「多くの娼館では魔法使いを雇っている。理由は知っているか?」

「当たり前だ、客に⋯⋯」


 そこまで口にして、気付いた。

 そう娼館では、客は『魔法』を掛けられる。

 効果はたった一日だが、絶大。


「そう、『避妊の魔法』だ。お前は今まで掛けられた事がないと思っていたんだろうがな?」

「⋯⋯黙れ!」


 身に覚えはある。

 カミラは俺と関係を持つたび、教会には聖女の後継ぎを安定させるための『妊娠を促す魔法』が伝わっていると説明し、毎度俺に魔法を使用していた⋯⋯。

 俺の推論は、アルベルトによってすぐに肯定された。

 

「そうだ、ヴァン。カミラは私の言い付けを守り、お前に毎回『避妊の魔法』をかけていたんだよ! エミリアがお前の子供じゃないと言った意味がわかったか?」


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