第9話 王子の部屋

 幸いにして、王城内の間取りはある程度分かっている。

 ただ、カミラが来ているとするならどこに滞在しているのか。

 客室か、それとも──噂通り王子アルベルトの部屋か。

 入城の許可は不要だが、流石に王族の居住スペースへの出入りは制限されている。

 勝手に入れば罪に問われるだろう。


 ただ、先ほどの兵士たちの話だと、夜な夜な王子の部屋から⋯⋯という話だった。

 考えたくもないが、もしカミラが裏切っているなら⋯⋯俺はどうするのか。

 決めかねているが、事実だけはどうしても確認したい。


 城内には何人か手練れもいる。

 俺の隠密ステルスを看破できそうな人間にも何人かは心あたりがある。

 そのうち二人は、もちろんアルベルトとカミラだ。

 アルベルトは魔法こそ使えないが一流の剣士だし、カミラも俺の魔力を感知するくらいは簡単だろう。

 ただ当の二人は現役を離れているし、何より城内で敵地さながらの警戒をしたりはしないだろう。

 

 よし、王子の私室に向かおう。

 家族なら、夫婦なら、まずは相手の潔白を信じるべきだろう。

 その為の裏を取りたい。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 城内を進み、何とか誰にも発見されずアルベルトの部屋へと辿り着いた。


「よし、ここまで来れば安心だ」


 部屋の外から気配を探る。

 どうやら今は誰もいないみたいだ。


 『解錠』の魔法を使い、改めて周囲を確認してから中に入る。

 端から見て、ひとりでに扉が開いていたらおかしいからな。

 中に入ると、部屋は片付いていた。

 メイドが掃除したのだろう。

 仮にここで痴態が行われていたとしても、その痕跡は無い。


 だが、俺には関係が無い。


 脳内に直接映像化されるので第三者への証言には使えないが、俺にはバーンズ老直伝の『場所の記憶を覗く魔法』がある。

 アルベルトの部屋で何が起きたのかを確認すればそれで済む。

 この魔法の良いところは、情報を確認するのは一瞬で済む所だ。

 この場所で、何が起きたかがすぐにわかる。


 魔法を使う瞬間ってのは無防備だが、一時間の出来事を見るのに一時間かかってしまう、みたいなリスクも無い。

 取りあえず、昨晩ここで何があったのか。

 それを確認しよう。


 ──しかし。

 本当に、それでいいのだろうか。

 

 俺は今日まで、一切疑っていなかった。

 家族に対しての不満や戸惑いはあれど、俺が多少我慢すれば表面上はうまく回っていた。

 別にウチに限らず、そうなのではないか?

 夫婦なんて、多少の秘密があって。

 それぞれが、少しずつ我慢する。

 そうやって成り立っているのではないだろうか?


 もう疑念は消せないが、それでも知らずに済めば、この先もカミラと、エミリアと、家族三人で過ごせるのでは?

 カミラが一時的にアルベルトへ執心しているとしても、今後の俺の行動を改めれば、再び彼女の気持ちを取り戻せるかも知れない。

 ここまで来て情けないが、俺はまだ迷っている。

 もしカミラの裏切りが本当だとしても、俺たち、今からでもやり直せるのではないか。

 

 ──と。


 部屋の外から人の気配がした。

 警戒を怠ってしまった。

 しかも足音から考えても、手練れだ。

 おそらく隠蔽は機能しない、なんならもう俺が部屋に入っている事もバレている。

 バレてしまえば、もう、こんな機会は無いかも知れない。


 背中を押されるように『場所の記憶を覗く魔法』を使用した。

 覗く範囲は指定された1日。

 今回は今から、1日前まで──。


 魔法の発動と同時に、扉が開いた。

 入って来たのは、アルベルトと──カミラ。

 二人を視界に入れながら、脳内に『場所の記憶』が流れ込んで来た。


「ヴァン、お前ここで何を!」


 アルベルトの言葉に、返事はできなかった。

 彼らが来たこと以上の衝撃が俺を襲っていた。


 流れて来た記憶のせいで、立っているのもムリだ。

 足に力が入らず、崩れるようにその場で膝立ちし──俺は盛大に吐いた。


 甘かった。

 無理だ。

 やり直すなんて、俺には、無理だ。

 あんなものを見てしまったら、もう、無理だ。


 アルベルトから与えられる刺激に、過剰に反応し。

 アルベルトのそれに、懸命に奉仕し。

 俺を悪し様に罵り、二人で笑う。


 そんな姿を見せられてはしまっては、もう──。


「ヴァン、こんなに早く帰って来るなんて、私に、嘘をついたの!? 答えなさい、ヴァン!」


 開き直ったとしか表現しようがないカミラの声が、遠くに聞こえる。

 だが、それに答える事も、反論する事もできない。

 俺は膝立ちを維持するのすら難しくなり──自ら吐いた汚物の中に顔を突っ伏し、視界が暗転した。





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