第8話 王城

 王城を訪れるのは久しぶりだ。

 帝国皇女とアルベルトの婚約パーティー以来だから⋯⋯五年ぶりか?

 いつもは王子や国王陛下からの依頼を携えた使者が、我が家までやってくる。

 冒険者の中でも特別待遇だ。

 なので城にも冒険者ギルドにもあまり顔を出す必要が無い。


 依頼達成の報告も、いつもは使者に伝えているが、今回は想定より早く終わった。

 ギルドを通して早めに使者を寄越してもらう手配も、その後に待つのも面倒だ。

 何より陛下は、ガルフォーネの犠牲になった村人たちの事で心を痛めていると聞いている。

 解決した事を早くお伝えした方が良いだろう。


 入城の手続きをしようと正門脇の通用口に向かった。

 通行を管理する門番が、俺の姿を見るや否や慌てて駆け寄ってくる。


「あ、イスミール様! わざわざお城へ何か御用でしょうか? 依頼関連のご連絡なら使者を向かわせますが?」

「いや、予定より早く終わってね。陛下に直接ご報告をと思い参ったのだが」

「なるほど⋯⋯ちょっとお待ちください」


 門番は通用口脇の詰め所でパラパラとノートをめくると、眉をしかめた。


「イスミール様、申し訳ありませんが陛下はご予定が詰まっておられるようです」

「そうか。なら王子でも⋯⋯」

「大変申し訳ありませんが、ご両名とも他国の貴賓と会談がございまして」

「なるほど。では城内で待たせて貰うとしよう」

「いえ、こちらから使者を手配致しますので、お引き取り頂けませんか?」

「⋯⋯了解した」


 門番の態度に、何か引っかかるものを感じる。

 俺は魔王封印の功績をかわれ、本来入城はフリーパスだ。

 だが、特権を笠に着るような真似は妻が嫌うのだ。

 いつも「英雄扱いされて尊大な振る舞いをするとエミリアに悪影響よ。権力とは一定の距離感を保ちましょう」と言われている。

 使者を介してやり取りするのも、妻の提案だ。

 なので、めったに城を訪れる事はない。

 来た場合もわざわざ今回のように手続きをしている。


 しかしこの門番は、本来ならフリーパスのハズなのに、やんわりとだが俺を追い返そうとしているように感じる。

 露骨に隠し事をしている、という雰囲気だ。


 考え過ぎかも知れないが、ガルフォーネの事が脳裏をよぎる。

 あの魔女は男をそそのかし、手駒に変える。

 もし王城内にヤツのシンパが残っていたら、魔王の封印解除の為に今後も動く可能性がある。

 その場合、俺を王城から遠ざけようとするだろう。

 何とかその辺の情報を収集したいが⋯⋯俺の勘違いだと判ればそれはそれでいい。


 来た道を途中まで引き返し、路地裏で隠密ステルスを使用し、また通用口に戻る。

 勝手に城に入ってやろう、そもそも許可は不要だしな。

 バレても何とかなるだろう。

 俺が戻ったタイミングで、交代要員らしい兵士が詰め所にやってきた。


「おい、交代だ」

「ああ、ちょうど良かったよ⋯⋯神経を使ったところだ」

「何かあったのか?」

「驚くなよ? イスミール様が入城の申請をしてきた」


 先任の兵士が言うと、引き継ぎに来た兵士が泡を食ったように詰め寄った。


「お前まさか入城させてないだろうな!?」

「ああ、何とかお引き取り願ったよ」


 兵士の言葉に、後任の男はホッとした顔になった。


「良かったよ、まあ大丈夫だとは思うが念には念ってやつだよな」

「中でカミラ様とバッタリ、なんて事になればなぁ。どんなとばっちりが飛んでくるかわからんぜ」

「だよなぁ、もうカミラ様は城に入って3日だぜ?」


 二人の会話に、なぜか妻の名前が出てきた。

 カミラがここに? しかも三日間も?

 じゃあ、その間エミリアはたった一人で家にいた、というのか?

 俺の困惑をよそに、二人はまだまだ会話を続けた。


「しかしイスミール様も可哀想なお方だよ。まさか殿下と奥様が⋯⋯デキてるなんてよ」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 動揺は隠密ステルスの解除を促す。

 何とか平静を保つ努力をする。


「おい、めったな事を言うな、あくまでも噂だろ?」

「はっ? お前知らねぇのか? 侍女たちが言うには、カミラ様が訪ねてくると、夜な夜な殿下の部屋から獣みたいな声で喘ぐ女の声がするってよ」

「本当かよ、あんな美人が⋯⋯」

「ああ、貞淑ぶってるクセに『夜はとってもお楽しみでしたね』ってヤツさ」

「旦那が必死こいて魔王の残党狩りしてるのに、元パーティーメンバーとお楽しみってか。とんだ聖女がいたもんだ」


 蔑んだように言いながらも、二人はニヤニヤと笑っていた。


 アルベルトと、カミラが⋯⋯?

 いや、そんなはずは無い。

 きっと、誰かが面白がって流した噂だろう。


 俺は妻を⋯⋯カミラを信じる。

 あの貞淑な妻が、よりによってアルベルトとそんな事をするハズがない。


 ただ、この二人をここで問い詰めたところで仕方ないだろう。

 なんせ噂の域を出ない話だ。

 別の用事だとしても、城に三日間も滞在し、その間エミリアは一人で留守番というのは看過できない。

 ⋯⋯そう思えば、俺が城に向かうと言った時のエミリアの態度も気になる。

 なぜカミラが城にいる事を俺に伏せる必要があったのだ?

 エミリアは何かを知っていて、俺には言い出せない、としたらそれは何だ⋯⋯?

 

 事実を確認しなければならない。

 隠密ステルスを使用したまま、まだまだ噂話に興じる二人の脇をすり抜け、俺は城内に入った。


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