第7話 魔法談議

 ガルフォーネの討伐は、予定より短期間で終了した。

 まあ、ヤツなりに必殺の罠を仕掛けたつもりだったのだろう。

 実際、呪い無効という特殊体質の俺じゃなければ、必殺の布陣だったと言っていい。

 つまり、単に相性が良かっただけ、とも言える。


 おかげで予定を大幅に短縮し、王都には三日で帰ってくることができた。


 このあと、ガルフォーネ討伐の報告に城に向かう予定だ。

 依頼主は王子、つまり元パーティーメンバーのアルベルトだからな。

 だが、その前に家に寄ることにした。

 予定よりかなり早いし、焦る事も無いだろう。


「ただいま」


 家に入ると⋯⋯リビングには誰もいなかった。

 カミラは買い物にでも出掛けてるのだろうか?


 他の部屋を確認すると⋯⋯子供部屋からは人の気配がした。

 ノックすると「何?」と中から返事があった。


「パパだよ、仕事が終わったから帰ってきた」

「えっ⋯⋯は、早いね」

「うん、予定より早く終わって」

「ふーん、そう」


 ⋯⋯出てくる気配が無い。

 どうにかしてここを開けて欲しいものだが。


 俺は少し思案して話題を選ぶ。

 ──と、ちょうど良さそうなものがあった。


「今回の仕事、ちょっと変わった魔法を二つほど見たんだけど、知りたくないか?」


 俺の問いに、バタバタと慌てたような音がする。

 あまり間をあけずドアノブが『ガチャ』と音を鳴らしたが、そのまま開かれる事はなく⋯⋯。

 「ンッンー」と咳払いが聞こえたのち、ドアは押押され、中が見えない程度の隙間ができた。


 娘の顔はやや上気していたが、どうやら平静を装おうとしているみたいだ。


「ふーん、珍しい魔法? 勉強になるしちょっと聞いてみようかな?」

「うん、じゃあ中に⋯⋯」

「ダメ、リビングで待ってて。あと着替えてくれる? 旅帰りだと、消臭魔法じゃ間に合わないくらい服が臭うから。いつも言ってるよね?」

「⋯⋯はい」


 この一年、俺は娘の部屋には『出入り禁止』だ。

 トラブルの種になるので、言い付けを守っている。


 命じられた通りに服を着替え、リビングで待っていると、ノートと鉛筆を持った娘がやってきた。

 そのままエミリアは、無言で俺に消臭魔法をかけた。

 ⋯⋯まあ、体を洗ったわけじゃないからな。

 服が新品でも念の為って事だろう。

 それについては特に会話も交わさず、エミリアは対面に腰掛け、本題を切り出した。


「じゃあパパ、その珍しい魔法の事教えて?」

「ああ」


 魔法の事に関しては、今もこうしてコミュニケーションが取れる。

 その事に感謝しなければな。


 ⋯⋯いきなり消臭されるくらいは許容しよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「んー、じゃあこの『自己蘇生魔法』は、人間だと実用化できない、って事?」


 最初に『呪殺球』、次に『自己蘇生魔法』について娘に説明した。

 その間も、娘は面倒くさそうにする芝居を止めなかったが、明らかに食いついてきていた。

 ただ、それを指摘すればこの楽しい時間がなくなってしまう事くらいはわかっている。


「いや、再現できる可能性はある」

「どうやって?」

「それは⋯⋯おっと、もうこんな時間か。パパはちょっと用事がある。これは宿題にしよう」

「えー!? いいじゃん、教えてよ」

「いや、お前は自分で答えに辿り着ける。その喜びを奪ったりしないよ」

「⋯⋯むぅ」


 このセリフは、亡きバーンズ老によく言われた言葉だ。

 娘もそれを知っているので、抵抗はしない。


 ⋯⋯本当は教えてもいいのだが、これ教えちゃったらまたエミリアと話す時に話題を探さなければいけない。

 強いカードは取っておこう、そんな気持ちもある。


「だけどヒントを上げよう。『花を咲かせましょう』だ」

「えー? 漠然としてるね」

「ま、考えてみてくれ」

「わかった。用事って何?」

「ガルフォーネ討伐の報告に、城へ行くんだ」

「えっ⋯⋯お城?」


 エミリアの顔色が少し変わった。


「どうしたんだ?」

「えっ、んー⋯⋯ううん、わかった」

「いや、どうしたんだ」

「何でもないって。いいから行って来て」


 あー、これはあれだ。

 突っ込んでも答えは得られず、さらに不機嫌にさせるだけだ。


「よし、じゃあパパはさっと報告して、さっと帰ってくる。もしパパが帰ってくるまでに宿題が解けてたら、欲しがってた杖を買ってあげよう」

「⋯⋯うん」


 あれ? もう少し喜んで貰えると思ったのだが、エミリアのリアクションが薄い。

 まあ、実物を見せれば、もっと喜んでくれるだろう。

 物でご機嫌取りするのは気が引けるが、それくらいは許されるだろう。

 ⋯⋯カミラに財布を握られているから、少し節約が必要になるけども。

 

 家を出ようとすると、エミリアが珍しく玄関まで見送りに来てくれた。


「じゃあ行ってくる」

「⋯⋯うん」


 やはりあまり元気が無いな。

 ただ、聞いた所で答えてくれるとは思えない。

 そのまま俺が歩き出すと⋯⋯。


「パパッ!」


 エミリアに呼ばれ、振り向く。

 彼女は真剣な眼差しのまま、言った。


「私⋯⋯ちゃんと宿題、するから」

「ああ」

「じゃあね⋯⋯パパ、バイバイ」

「ああ、行ってくるよ」


 胸のあたりで控えめに手を振る娘に、手を振り返した。

 この様子だと、やはり何だかんだ言って、杖が欲しいみたいだ。

 ここは奮発するとしよう。



 


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