第74話
春夏は憂い、狭間は笑った①
「……此処が、朱雀ちゃんの本来の住処である朱雀宮よ」
周囲から景色はおろか空気すら断絶されたとさえ思える、一切の澱みを感じない澄んだ空気を漂わせる社。
けれど、学校の裏山にあったものと同じでそこに今居る気配は感じられない。
「本当に、いないみたいですね」
「入ってみる?」
「えっでも朱雀様はいないと」
「今の状態じゃ、もし近付いてもハッキリとはわからないでしょう?」
「…確かに」
コンたちは多少近付けば把握できるかもしれない。
しかし、俺にそんなニュータイプ的直感は備わっておらずまだ朱雀様の痕跡どころか彼女自身を追うこともままならない。
当神がいない社に人間である俺が足を踏み入れる不敬は、麒麟様のお許しがあるということで忘れることにしよう。
人が来る社であればあるはずの正面から見たら『納 奉』の書かれた賽銭箱は無く、小さな階段を数段上がり麒麟様が社の戸に右手を触れた。
「っ……?」
その時、風が吹き抜けるように透明な何かが周囲に弾け溶け込む。
慌てて自分の体や辺りを見回しても変化は無い。
「今のは、一体」
「恐らく封印じゃな。勝手に入られないようにするために施したのじゃろう」
「へぇ〜!え?じゃあ解いたらダメなんじゃ?」
「麒麟様は鍵を与えられているんでしょう。そうでなければ、こうもあっさり開かないかと」
「なるほど…合鍵みたいな感じかな」
唖然とする俺にコンが狐の耳と尾を揺らして微笑む。
穏やかな気持ちになるけれど、言ってることは微妙に穏やかではなくて。
金色の瞳を向けたまま俺を見つめるコンに思わず聞き返すと、反対側のウカミが白銀の尾をくゆらせながら紅い眼差しと共に優しく返してくれた。
「流石ね二神とも。さ、とりあえず此処が朱雀宮の中よ!」
サッと観音開きのように、麒麟様は両手で戸を開け放つ。
その中は、小さな窓の障子越しに差し込む夕焼けの陽光に一部を照らされた小部屋で、道場と呼んでもおかしくない感じだ。
明確に違うのは、一面に舞い散る緋色の羽根たち。
そして、麒麟様を初めて見た時にも似た、凛としつつも慈悲深く包み込んでくれそうな温もりだけ。
これがきっと、朱雀様の。
「どうじゃ紳人。見つけられそうか?」
紺色の和服に身を包むコンが不敵な笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込む。
それはまるで、初めから俺を信頼しているみたいに見えて。
「あぁ、きっと目で見つけられたら分かるはずだよ」
「そうかそうか。流石はわしの紳人じゃ」
「コンのことは世界が違っても絶対に見つけ出すよ」
「突然恥ずかしいことを言うのぅ!?まぁ、その、何じゃ?嬉しいが……わしとて必ず紳人の元へ駆け付けるぞ。
あと、そう簡単には離れぬからな!?ツクヨミの一件では油断したが、もうあんなヘマはせぬ!」
コンが朱雀様の羽根のように顔を赤くし可愛い尻尾をパタつかせる中で、俺はさっきまでの不安が嘘のように消え失せそれはもう確信に変わるのを感じていた。
コンたちが俺の側に居てくれるなら、絶対に朱雀様を見つけ出せると。
「……」
だからこそ思う。何故朱雀様は此処を離れたのか、と。
荒らされた様子はない。舞い踊る羽根も、傷や乱れは見受けられない。
何かあった。そう最初は思っていた。
けれどもしかしたら、そうではないのかもしれない。
俺は足元の羽根をそっと拾い上げながら、まだ見ぬ朱雀様へと思いを馳せるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます