南の方角、汝は何処?④
「おぉ……絶景だ」
『気に入ってくれて嬉しいわ♪』
まるで飛行機に乗っている時のように遙か下で流れる街並みや景色を眺めながら思わず溢した呟きに、軽く此方を振り返りながら麒麟様が相槌を返してくる。
最初こそその速さに驚いたものの、彼女の背に跨る俺たちの誰一人として風圧の影響を受けていないことに気付いてからはかなり穏やかな心地だ。
振り落とされる恐怖がないというのはそれだけで安心感が違う。恐らくだけど、麒麟様が何か力で守ってくれているんだね。
「ぐぬぬ!わしとてこのくらいできるのじゃ!」
「えっ!?なして対抗!?」
「じゃって、紳人が楽しそうじゃから。お主のそういう顔はわしの行動によって見せてもらいたいのじゃあ!」
「なるほど、そういうこと」
腕の中のコンが器用にその場で回り俺と向き合うや否や、ムギュッと腋の下に手を入れ強く抱き締めてきた。
勿論その上で自身の尻尾を巻き付けることも忘れない。
仄かな花のような香りのコンの匂いと、柔らかくも弾力を感じさせる至高のもふもふの尻尾に包まれ俺はもう胸の内がコン一色に染め上げられてしまう。
「大丈夫だよ、コン」
「んゃ……」
包むように抱き締め返すと甘い吐息が耳朶を震わせた。そのまま、今の気持ちが少しでも伝われと願い囁く。
「今回限りだよ、無事に朱雀様を見つけ皆の夏を取り戻すまでの間だけ。確かに麒麟様の背中は凄いし楽しいけれど……コンと一緒にいるからこそなんだ。
君がいなくちゃ、俺の感情は始まらない。コンと愛し合っているからこそさ」
「-------」
瞬間。コンは金色の目を最大まで見開き、可愛らしい口を半開きのままに石化してしまった。
どうしたんだろう?純粋に君が俺の全てだって言ったはずだったけど、上手く伝わらなかったかな。
「あ、ぅ」
「うん?」
「うゃぁ」
「っと!コン、どうしたの?」
ふにゃりと脱力して此方にもたれ掛かってきたコン。
その顔を覗き込むと、ぐるぐると目を回しながら顔を真っ赤にしてしまっていた。
もしかしてこれは、体調不良!?
「大変だウカミ!コンが倒れた、神様もやっぱり体調崩しちゃうみたいだ!」
「心配しなくて大丈夫ですよ。ぎゅっとしててください」
「そんな穏やかな!?でもこんなに目を回してるし!」
『神守くんのせいだと思うわ〜』
「俺のせいなんですか!そうか、俺の腕の中じゃなくて俺の背中の方が良かったかな。流石に体を冷やしちゃったかもしれません……!」
ああだこうだと慌ててしまう俺を、何故だかウカミも麒麟様もやれやれとした雰囲気で見守っていた。
コンが起きたらちゃんと体調を確認しないと!
気が気でない俺は、その視線に対して反応することは出来なかった。
〜〜〜〜〜
コンが目を回してから数分後、彼女は目を覚ました。
理由を訊ねると体調不良になる訳などないと言われ、更にはすりすりと道中ずっと頬擦りされるばかり。
可愛いし愛おしいのだけれど、結局原因は分からずじまいで。
本当に心配無いと言うのでそのことは一旦心の片隅に閉じ込め、やがて麒麟様は何処かの山奥へと降り立つ。
県境はいくつも越えたであろうそこは、秘境と呼ぶに相応しい場所だ。
「……此処が、朱雀ちゃんの本来の住処である朱雀宮よ」
人間の姿に戻った麒麟様が袖をはらりと垂らしながら手で示す其処は、生い茂りながらも何処か整然とした木々に囲まれその周辺だけ別世界のように切り取られた荘厳な社。
差し込む陽だまりも温かく優しく羽毛で包み込んでくれるような、幻想的な空間。
こんな生涯穏やかに暮らせそうな場所から逃げ出してしまうほどの何かが朱雀様に起こった。
「絶対、見つけないとね」
「うむ。頑張ろうぞ!」
俺とコンは、静かに社を見つめるウカミたちの側で微笑みを交わしてみせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます