人よ謳え、祀るその名を④

「着いた、日舞ひのまい神社」


山に隠れ少し早い日暮の中、辿り着いた神社は鳥居の大きさから建物の配置まで全てが雅の心の中と同じだった。


違うのは、階段の長さくらいだ。


祭りに合わせ提灯で鮮やかに飾り付けされた境内に、沢山の露店と行き交う人たち。


そして、中央に鎮座する特設の神楽台は祭りの雰囲気をこれでもかと表している。


「盛り上がってるみたいだね」

「雅の言う通り、間に合ったようじゃ」


その雰囲気は何だか、あの日の縁日のようにも感じて懐かしさを胸にチラリと隣のコンを見た。


すると、パチリと視線が重なる。


コンはくすっとあの日よりも更に愛おしい微笑みを浮かべ、俺も自然と愛しさに頰が綻んでいた。


『間もなく、特設舞台の方にて神楽が始まります。昔から受け継がれてきたその舞を、是非ご覧ください---』

「雅。行っておいで」

「え?でも、私は」

「昔からと言うのじゃ、お前様が広めた舞に違いあるまい。今宵の巫女と共に堂々と踊ってしまえ」


仮でも名前を持ったことで、力が少しだけ戻った今の雅なら…きっと踊ることで皆に姿を見せられるはず。


「……うん、ありがとう」


行ってくるね。


そう言うと金色の髪とその髪留めの鈴を揺らし、シャランシャランと鳴らしながら彼女は特設部隊の方へと歩いて行った。


誰もまだ、彼女の存在には気付いていない。


「コン」

「んむ?」


やがて周囲の灯りが消え薄暗くなった境内の真ん中で、神楽台がライトで眩く照らし出される。


その中央には、1人の人間の巫女さんが。


「忘れられるのって、悲しいよね」

「…そうじゃのぅ」


皆の視線が彼女に集中する中、まるで舞い降りるかのようにふわりと雅は舞台に降り立つ。


やがて、神楽は厳かな音楽と共に始まった。


時に優雅に時にお淑やかにその舞は神へと捧げられる。


「しかしそれは悪いことではない。寧ろ自然なことじゃ」


巫女さんの見事な舞の隣で、微かに微笑みを浮かべた雅も鏡合わせのように流麗に踊り出す。


周囲が少しずつざわつく中、俺は思わず瞼を閉じた。


もしまた雅が忘れ去られてしまうとしたら、もし俺もいつかコンとの別れが来て忘れられるのだとしたら。


それは、自然なこと?それは、良いこと?


「じゃが」

「?」

「忘れたくないなら刻めば良い。忘れてしまうなら、思い出せば良い。時が流れるのも、四季が巡るのも…わしら神もお主ら人も同じじゃよ」


そっと瞼を開き、いつの間にか俺の方を見ていたコンは導くように神楽台へと視線を移す。


その視線の先で…目を丸くしていた巫女さんが、やがて嬉しそうな表情で息ぴったりな足取りで右へ左へと雅と一緒に舞い踊り始めた。


周りの観客たちも一様に優しい顔つきで、ただ静かにそれを見守る。


「それに、わしにはお主がいる。お主にはわしがいる。そうして支え合えば、どんなに忘れようと時が過ぎようとも。例え…」


シャラン。雅の髪留めと巫女さんが手に持つ神楽鈴が共鳴すると、まるで世界の時が止まったかのようにその場は静寂に包み込まれ。


そっと背伸びしてコンは俺の首に腕を回すと、狐の耳と尻尾を揺らして吐息交じりに囁いた。


「死が2人を別つとも、な」

「!」

「そも、お主は黄泉に行こうと離さぬというておるのに。心配すべきは、わしとの記憶だけでその他のことを全部忘れてしまうことじゃな♡」


ドッと周囲が湧き上がり、皆が神楽台へと駆け寄る中俺はこれから何回コンに惚れ直すのだろう…なんて、贅沢な悩みを抱く。


結局、難しく考える必要なんてないんだ。


どれだけ時間が経とうとも忘れられず、受け継がれるものはある。繰り返されることがある。


神楽も季節も思い出も、きっと。


妖しくも綺麗な夕暮れ時の鈴が響く神社の中で、人と神様は確かにいつかと同じ時間を過ごしていた。

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