人よ謳え、祀るその名を②
「ええと…」
ムッとしていても可愛いコンに至近距離から見つめられ、暫し見惚れてから俺は雅に視線を向けた。
「俺が必要ってどういうこと?」
流石にこの短時間で惚れられたと思うほど俺は自分に自信は無い。
何か理由があるはず…そう思って、気になったことを聞いてみる。
「思い、出したの」
「ほう。何をじゃ?」
「もう間も無く、ワタシは消える」
一瞬、自分の耳を疑った。
そうであってほしくないと思った。ともすれば、最初から。
俺もコンも目を見張るのみで、そんなバカなとか冗談だとか一笑に伏すことが出来ない。
心の中の世界に雅以外が居ない…それが何を示すのかハッキリと分かってしまったんだ。
神様は、独りでは生きられない。
それは単純にコンたち神様が寂しがり屋というだけじゃなくて、神様そのものの在り方が関係している。
「ワタシは、サルメ。でもこれは個神の名前じゃなくて、役職の名前」
その言葉を皮切りに彼女は静かに語り始めた。
〜〜〜〜〜
サルメは、テウのように『神隔世』ではなく現世に生まれ存在する神様だった。
彼女は生まれ持った役割こそ無かったものの、舞いを踊ることが得意でまだ日本に神楽が存在しない頃日本各地でそれを踊って見せていた。
いつしか彼女の舞いは神楽と呼ばれるものとなり、彼女自身もサルメと呼ばれるようになる。
やがてその舞いを見た各地の人間たち自身も、サルメに倣い神へ捧げる舞いを踊り始めた。
神が楽しそうに踊る踊りから、神を楽しませるための踊りへ。
それが俺たちの知る神楽なんだとか。
サルメもまた、各地で時折人々の安寧と平和を願って舞いを踊ってあげていた…けれど。
悲しいことに、時代は移り流れゆくもの。
神様を見える人たちも徐々に少なくなり、信仰心も薄れていく。
サルメという名前と彼女が残した舞いだけが語り継がれて。
この綺麗な金髪と鈴の髪留めを持つ、綺麗な神様の存在は…忘れられていったのだ。
〜〜〜〜〜
「ワタシのことを覚えている人は、もういない。力も衰え、人に姿を見せることも叶わない。
……けれど、せめて消える前にもう一度だけ人間に会いたかった。ワタシのことを、見て欲しかった。
そう願っていた時、不思議な力を感じて…気が付いたら紳人の前に居たの」
「紳人はわしらとの縁も深いし、あそこの名前は大社高校。名前的にも神を引き寄せやすいのじゃろう」
語りを終えて俺から離れ静かに立ち上がった彼女の言葉を、コンが補足してくれた。
「俺は君を知ったよ、コンだって!それじゃあ駄目なの…?」
「信仰で成り立つワタシのような神は、1人2人の認知では足りない。舞いの一つでも踊れたら、良かったけど」
思わず俺を立ち上がり祈るような気持ちで声を漏らすけれど、ゆっくりと首を横に振る少女の姿に俺は思わず立ち尽くす。
見えているのに、言葉も交わしているのに。
それでも何も出来ないなんて。
「のぅ、雅よ」
「!」
ふと、俺の隣に立つコンが名前を呼んだ。
「ワタシは…」
「サルメという名は、役職の名前なのじゃろう?なればお前様は今日から雅じゃ、そう名乗れば良い。
名前があることの大切さは、わしがよぉく知っておる。
姿と名前そして踊りがあれば…覚えてもらうには十分じゃ」
コンの優しい微笑みは俺の心だけじゃなく、雅の心も震わせただろう。
その証拠に…今にも消えてしまいそうだった雰囲気は何処か凛としたものとなら、真っ白だった衣装は鮮やかな赤も混じり美しい着物へと変化した。
「今日、お祭りがあるの。ワタシが踊りを、最初に残した場所で」
「…なら行くしかないね。そこで皆の前で踊って、バッチリ覚えてもらっちゃおう!」
「乗りかかった船じゃ。最後まで見届けてやるとも」
こくりとハッキリと頷く雅の顔は、晴れ渡る空のように明るくて。
彼女の心の空は抜けるように青かった。
シャン、シャン…彼女の髪留めの音も、吸い込まれるように響いていた。
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